吉備津の……
武州人也
出会い
その日は、薄い雲が空を覆い、それが太陽を隠していた。その曇天の下で、桜の
「
庄太のクラスである六年二組にやってきた転入生、磯山良は、クラスメイトの前で
転入生のその姿に、クラスの皆の視線は釘付けになった。何故なら、転入生磯山良は、類い稀なる麗しい容貌の持ち主であったからだ。整った目鼻立ちや長い睫毛、艶のある直毛のミディアムヘアは、衆目を引かない筈もない。
良は、庄太の右隣の席に座った。縦に五十音順で並ぶと、磯山の隣が丁度沢井になるからである。その日の帰り道に分かったことなのであるが、庄太と良は、帰路が同じであった。庄太の住まいは、学校から良の家に至るまでの途中に位置しているのであった。席が近く、帰路も同じ。二人は何かと会話を交わすことが多くなった。
「沢井くん、昨日のセブン・キングダムズ見た?」
「うん見た見た。
それから何日か経った後のこと。中休みの時間に、二人は昨晩に放送していたアニメの話をしていた。二人は席が近く帰路が同じというだけでなく、趣味の方も似通っており、それが尚のこと両者の距離を縮めていた。
「分かる。
「えっ持ってるの? あれ結構な巻数じゃないっけ? いいなぁ……俺も欲しいけど小遣い足りないからなぁ……読ませてくれるんなら俺も読みたいかな」
「じゃあ決まりだね」
そのアニメの原作漫画の単行本は現在六十巻以上刊行されており、庄太はその半分も持っていない。であるから、良が読ませてくれるというのであれば、乗らない手はなかった。
その日の放課後、庄太は良の家に赴いた。真新しい上に、周りの家よりも大きい気がして、彼の親は結構稼ぎが良いのではなかろうか、と、庄太はつい邪推してしまう。
「やぁ、いらっしゃい。あがって」
「お邪魔します」
インターホンを押すと、良が出てきた。庄太はそのまま、中に通される。左右を壁を見渡してみると、如何にも新築といった風に、くすんだ所もなく白く光っている。
「よく来てくれたね。麦茶どうぞ。お菓子もあるから遠慮せず食べてね」
「ああ、ありがとう」
良の歓待を受けながら、庄太は彼の部屋を見渡してみた。小綺麗で、よく整頓されている。乱雑な自分の部屋とは大違いだ。木製の本棚には、例の「セブン・キングダムズ」の単行本が収納されているが、そのスペースにはまだかなりの余裕があるようであった。
「じゃあ、これ読んでいい?」
「うん、勿論。読み切れないだろうから貸してあげるよ」
庄太は、良の厚意に対して、素直に「この転入生、本当に良い奴なんだな」と感じた。思えば、自分たちはまだ出会って数日だと言うのに、良とはすっかり打ち解けている。
最初の内は漫画を読んでいた庄太であったが、集中が切れてきて、大きな欠伸を一つした。すると、その様子を察したか、良は据え置きゲーム機の準備をし始めた。
「せっかくだし、ゲームでもする?」
「おお、いいね。ソフト何ある?」
「持ってるのはこんな所かな」
「じゃあスマッシュヒーローズやろうぜ」
その後、二人は格闘ゲームをプレイした。良は思いの他強く、三回連続で庄太は完膚なきまでに打ち負かされた。
一方的な試合になってしまったことを鑑みてか、良は敢えて普段使っていないキャラを選んで戦うようになった。良のキャラ操作は目に見えてぎこちないものになったが、それでもやはり良はこういうゲームが得意なようで、庄太はついぞ一勝もできなかった。
「あ、そろそろ時間か。じゃあまた明日」
部屋の時計は、すでに五時を回っていた。庄太の家は母子家庭で、平日の夕方には母は家にいない。故に帰宅が遅くなったとて咎める者は誰もないのであるが、かといって長居すれば相手の家に悪いであろう。良の家に上がるのは初めてであるし、あまり良の家族に悪印象を持たれたくはない。
「ねぇ、沢井くん」
「ん?」
良の方を向くと、良は庄太の目を真っ直ぐに見ていた。
「前の学校には沢井くんみたいな人いなかったから、こんな風に君と話せるのが嬉しくて……だから、今日はありがとう」
庄太を見つめる良の表情が、急にしんみりしたものとなった。憂いを帯びた顔貌は、何処となく色っぽいような、そんな感じを抱かされる。
「ありがとうって……礼を言うのはこっちだよ」
自分は大したことなどしていない。寧ろ一方的に歓待を受けている立場ですらある。であるから、面と向かって感謝などされると、庄太は何だかんだこそばゆいような気分になった。
それからも、二人の
庄太の方に、それを鬱陶しがるような様子は微塵もなかった。寧ろ、何かと懐いてくれるこの美少年を、まるで自らの弟かのように慈しんでいた。庄太には、弟も妹もない。生まれてこの方、ずっと一人っ子である。故に、見た目のせいもあろうが、良のことが可愛らしく思えて仕方がなかった。
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