『つまり、君はあの吸血鬼にヤキモチを妬いているのか?』


 僕は就寝前に一度、施設の管理者である鉄血場原てっけつばはらはずみと、タブレットのテレビ通話を通じて一日の報告をする。


 今日も、彼女との会話を簡単に報告していた。


 鉄血場原はずみ。

 元鉄血衆にして、戦争の旗印として語られる少女。


 今でこそ国家風説管理省の施設管理長なんてポジションに収まっているが、現役時代は戦闘狂として名が知れていたのだという。


 躊躇なく容赦なく半端なく。

 冷酷に的確にいたずらに。


 その徹底的なスタンスの犠牲になったのは、敵だけではないのだという。同じ鉄血衆すら、彼女の殺意を畏れていた。


 ものの弾みで殺す。

 そういう少女だったと――彼女からは聞いている。


 そんな恐ろしい少女と、毎日会話しているのだから気が気でない――話題の矛先がありがたくない方向に向かっているとなれば、なおさら。

 

「そんなことを言ったら、まるで僕が彼女のことを好きみたいじゃないですか」


『好きだろ。私にはそうとしか見えんがな』


 松葉色の軍服に、鋭く揃えられた長髪。

 それだけで迫力があるのに、澄んだ瞳の眼光が、真っすぐに僕を打ち抜いてくる――吸血鬼かのじょの瞳が満月だとすれば、はずみの視線はレーザーライトだ。


 攻めるような視線に竦みながら、さぁどうしたものかと考えていると、鉄血場の方から視線を外した。


『……見るな。私は異性に見られると恥ずかしくて会話ができなくなる』


 ならテレビ通話するなと言いたかったが、できるだけ目を合わせないようにした。


「彼女に対して、一種の信頼関係みたいなものはありますよ。なんせ、普通に過ごして関わり合いになるのが彼女くらいのものですから」


『その信頼関係が、奴隷根性を超えないといいのだが』


 奴隷……まぁ、妥当な線だ。

 僕たちの関係が捕食者と被捕食者である以上、どこまでも妥当な表現だ。


 もしかすると、僕が畏れているのはそこなのかもしれない。


 彼女に抱いている好意のようなものが、裏切られることを畏れている――「好きになったことがある人」という具体的な例を示されることで、自分自身になんの価値も無いと思い知らされるのが怖いのかもしれない。

 

 僕は多分、自分を無価値だと思われるのが怖いのだ。


『まぁ君がどう思っていようと、私には関係ないことだ。しかしこれだけは言っておこう』


 鉄血場原は一息置いたのち、がッと燃え上がるような鋭い視線を投げかけた。


『私は吸血鬼が嫌いだ。憎んでいる。ああ、つい昨日のことのように思い出せるさ! 干からびた両親の手が……友達だったものの抜け殻が……吸血鬼の嘲笑が! にも関わらず貴様は! まるで吸血鬼と人間の関係に可能性があるかのように振る舞っている! 私にはそれが許せない……! 断じて許せることではない……!』


 声を荒げた後、虚しそうに視線を逸らした。

 かと思えば、纏わりつくようないやらしい笑みを浮かべた。


『なぁ、頼むから脱走なんて企ててくれるなよ。そうしたら私は、大義名分の元に君たちを殺してしまう。私にはそれができる。だから、馬鹿なことは考えるんじゃないぞ』


 そう言って、一方的に通話を切ってしまった。


 僕はベッドに体を預けた。


 今更、鉄血場原に言われるまでもない。外の世界に出てどうこうなんて欲求、僕にはない。この隔離された空間で、彼女の話を聞くだけの生活に十分満足している。


 しかし、彼女はどうなのだろうと思った。

 あの凪いだ表情で黄昏を眺めていた、その視線の先には何が映っていた?


 外の世界では、まだ「好きになったことがある人」が待っているのだろうか。


 その日は、いつもより夜が長く感じた。

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