いつも同じ部屋で、同じように過ごす日々。

 退屈を覚えないと言ったら嘘になる。


 しかしその退屈すら、彼女と共有できているなら嬉しいと思う――そういう自分を自覚したのはいつからだろう? はっきり思い出せない。最初からそうだった気もするし、つい最近のような気もする――そんなことを考えていた時だった。


「あなたは恋をしたことがありますか?」


「こ……何?」


「恋ですよ恋。人間がよくやっているやつです。あなたも、ここ来る前はそんな経験をしたことがあるんじゃないですか?」


 彼女は意地悪っぽいを笑みを浮かべていた。からかっている――だけではないらしい。頬の吊り上がった角度を見ればわかる。


 今日は純粋に僕の話を聞きたがっているようだ。

 珍しいこともある。

 しかし、残念ながら期待には応えられない。


「そんな器用な人間に見えるか?」


「器用かどうかともかく、辛気臭い人だなぁとはいつも思ってますよ」


「そういうことだよ」


「ふーん。まぁ初めて会ったときも、私を風俗嬢かなにかと勘違いしていたくらいですからね。女性との交際経験が無いのも納得です」


「昔の話をすると老けて見えるぞ」


「老けるもなにも、こちとら……何歳でしたっけ? まぁどうでもいいですね」


 不老不死である彼女には年齢なんて些末な問題のようだった。実際に美しさを保てているから些事なのだろう。


 ふと僕は、彼女にもそういう話があるのだろうか、と邪推した。


 吸血鬼同士の恋愛――字面にするとなんだかロマンチックな響きがするけれど、同じ相手を何百年も想い続けるというのは、どういう感情なのだろう。


 美しい恋――というよりは、悲惨な恋で終わりそうだけど。

 辛気臭い僕には、その程度の想像しかできない。


 そう思っていると、彼女の方から口火を切ってきた。


「私はありますよ。人を好きになったこと」


 ちょうどその時、窓から光が差した。夕暮れ前の、黄昏色の光だった。

 彼女の凪いだ表情と、山吹色の髪によく似あう色だと思った。


 正直、どう話を切り出すべきか迷ったが、結局は自分の気持ちに正直になることを決めた。


「その話は、もう少し詳しく聞いてもいいのか?」


「どうでしょうねぇ」


 自分から降ってきた話題なのに、そんな風に勿体ぶる。


「今日はやめておきましょう。時間はいくらでもあるんですし。それに――」


 今日はこんなに黄昏が綺麗です、と。

 彼女はぼんやりと窓の向こう側に視線を向けた。


 僕は小さく息を吐いて、そのまま横顔を眺めた。彼女も何かを喋ろうとはしなかった。二人で窓から差し込んでくる光をぼんやりと眺めていた。


 どれだけ時間が経っても、続きを促す気にはなれなかった。


 僕は怖かったのだと思う。

 どうしてか、分からないけれど。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る