2
目を覚ました。
ぼんやりと記憶の輪郭をなぞる――どうやら、またあの時の夢を見ていたらしい。
本当に夢だったのかもしれないと、何度そう思ったことだろう。
しかし現実は時に、夢よりも奇妙な輪郭を描くものだ。
このなにもない部屋が、僕に現実を痛感させる。
ベッドから体を起こして、本当に何もない部屋だなと改めて思う。こうして目を覚ますのは何度目になるか数えていないが、いつもどこか薄暗くて、どんよりしている。コンクリートに囲まれた部屋。窓から差し込んでくる日光も、どこか他人事のように馴染まない。
カレンダーを眺めたが、今日が何日か分からなくなっていた。
まるで他人事のような疑問だった。
「やっと起きたんですか、寝坊助さん。朝食の時間はとっくに過ぎていますよ」
すううっと壁から、山吹色の髪が透過してくる。さらさらと金色の粒子をまき散らしながら、彼女はゆったりとした足取りで僕の隣に――ベッドの横に腰かけた。
寝巻がはだけており、柔らかそうな乳房が半分ほど露出している。金属箔が零れた肌は、日光に照らされて幻想的な色合いを反射していた。まるで夢の続きでも見ているようだ。
「ほら、早くしてください」
僕は反射的にシャツを脱いで、首をほんの少し斜めに傾けた。
首筋の大動脈を晒すのと、彼女がほんのりと口を開くのは同時だった。
「いただきます」
そっと腕を絡めながら、はむ、と首筋に噛みついてくる。皮膚の突き破られる痛みで、ようやく目が覚めた。
しかし、血を抜かれてる際の脱力感には未だ慣れない。寝起きということもあって、軽い眩暈を覚えた。ベッドに倒れようとする僕の体を、彼女はがっしりと掴んだ。
「まだ。もうちょっとください」
耳のすぐ傍でそんな風に囁かれて、背筋がゾクッとする。柔らかい肌を押し付けられているのがより鮮明に感じられて――それはなんだか僕が必要とされているみたいで。
そんなものは、どこまでも錯覚に過ぎないのだけれど。
こんなものは、ただの食事に過ぎないのだから。
「ごちそうさま」
満足げに呟いて、彼女はようやく首筋から牙を抜いた。傷は深く穿たれているが、それも数度、彼女が舌を這わせるだけで塞がってしまう。
ちろちろ、ちろちろ――と。
「おはようのちゅー、ですね」
舌を這わせながら、いつもそんな風にからかってくる。吸血鬼のくせに、窓から差し込んでくる陽光がよく似合う笑顔だった。
吸血鬼の体は柔らかくて、暖かい。
それだけのことで、なんだか救われたような気がしてくるから不思議だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます