目を覚ました。

 ぼんやりと記憶の輪郭をなぞる――どうやら、またあの時の夢を見ていたらしい。


 本当に夢だったのかもしれないと、何度そう思ったことだろう。

 しかし現実は時に、夢よりも奇妙な輪郭を描くものだ。


 このなにもない部屋が、僕に現実を痛感させる。

 

 ベッドから体を起こして、本当に何もない部屋だなと改めて思う。こうして目を覚ますのは何度目になるか数えていないが、いつもどこか薄暗くて、どんよりしている。コンクリートに囲まれた部屋。窓から差し込んでくる日光も、どこか他人事のように馴染まない。


 カレンダーを眺めたが、今日が何日か分からなくなっていた。

 まるで他人事のような疑問だった。


「やっと起きたんですか、寝坊助さん。朝食の時間はとっくに過ぎていますよ」


 すううっと壁から、山吹色の髪が透過してくる。さらさらと金色の粒子をまき散らしながら、彼女はゆったりとした足取りで僕の隣に――ベッドの横に腰かけた。

 寝巻がはだけており、柔らかそうな乳房が半分ほど露出している。金属箔が零れた肌は、日光に照らされて幻想的な色合いを反射していた。まるで夢の続きでも見ているようだ。


「ほら、早くしてください」


 僕は反射的にシャツを脱いで、首をほんの少し斜めに傾けた。

 首筋の大動脈を晒すのと、彼女がほんのりと口を開くのは同時だった。


「いただきます」


 そっと腕を絡めながら、はむ、と首筋に噛みついてくる。皮膚の突き破られる痛みで、ようやく目が覚めた。

 しかし、血を抜かれてる際の脱力感には未だ慣れない。寝起きということもあって、軽い眩暈を覚えた。ベッドに倒れようとする僕の体を、彼女はがっしりと掴んだ。


「まだ。もうちょっとください」


 耳のすぐ傍でそんな風に囁かれて、背筋がゾクッとする。柔らかい肌を押し付けられているのがより鮮明に感じられて――それはなんだか僕が必要とされているみたいで。

 そんなものは、どこまでも錯覚に過ぎないのだけれど。

 こんなものは、ただの食事に過ぎないのだから。


「ごちそうさま」


 満足げに呟いて、彼女はようやく首筋から牙を抜いた。傷は深く穿たれているが、それも数度、彼女が舌を這わせるだけで塞がってしまう。


 ちろちろ、ちろちろ――と。


「おはようのちゅー、ですね」


 舌を這わせながら、いつもそんな風にからかってくる。吸血鬼のくせに、窓から差し込んでくる陽光がよく似合う笑顔だった。


 吸血鬼の体は柔らかくて、暖かい。

 それだけのことで、なんだか救われたような気がしてくるから不思議だ。

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