終幕

 魔術の発展は人々の生活を潤し、17,8世紀にかけて魔術の専門学校も整備される運びとなった。


 されど、その能力が「知識」ひいては「教養」に依存する以上、貧民層には手が届かず、貧富の差が拡大しやすい点は現代においても依然いぜんとして社会問題の要因になっている。

 また、宗教との折り合いの悪さも大きな懸念となり、武装蜂起ほうきの原因になったことも数え切れない。


 しかし、ある宗派は「人間が神秘を行使するようになったのも神の意志」と提唱した。彼らは「神は魔術の発展以降の歴史においても、転換期にしばしば有効な神託を下した」と主張し……




 ***




 そこまで読んだところで、金髪の少年はふわぁと欠伸をひとつし、「魔術史」の教科書を閉じた。

 家庭教師の提示したテスト範囲は「大航海時代の魔術」……なのだが、開かれたノートはいくつか単語が書き出されているだけで、ほとんどが真っ白のままだ。


 開かれた窓からそよ風が吹き込み、机に突っ伏した少年の髪を撫ぜる。


 そよ風は「ウーバー・デム・メーア商会」「カミーノ・デ・ラ・フスティシア」「流浪王子アントーニョ」……まばらに単語のみが書かれたノートをぱらぱらとめくり、止んだ。


「坊ちゃん! テスト範囲にピッタリな本がありやした! わかりやすい挿絵付きですぜ!!」


 ドアの外からの喧騒に、少年は「んー……またぁ?」と顔を上げ、立ち上がる。

『異界転生千本桜』と表紙に書かれた古書が、教科書の横に置かれている。


「先生がさぁ、物語で歴史の勉強するなって……」

「坊ちゃんは、このシチリアの王になるかもしれねぇお方。そんな細けぇこと気にしなくていいんでさ」

「それ、探すのサボっただけじゃないの?」


 ドア越しに父親の部下と話しつつ、少年は鏡を覗き込み、リボンタイを整える。

 腕輪に少し魔力を込めると、「1992.5.12, 11:13」と表示された。


 祇園精舎の鐘の声

 諸行無常の響きあり


 死のない生はなく、終わりのない物語はない。

 全ての物事は絶え間なく移り変わり、終わりは新たな始まりとなる。


 科学の世界も、魔術の世界も、そのことわりに変わりはない。

 ……時は流れ、歴史は続いてゆく。

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異界転生千本桜 譚月遊生季 @under_moon

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