二十四、策士

「ズ……お、お父さん! 大丈夫ですか!?」


 かぶとを抱えて船の中に戻ると、殿下が血相を変えて走り寄ってきた。

 前に言った通り、娘のフリをしてくれているようだ。


「こ、こら、邪魔をしてはダメですよ」


 アリーも母親の振りをし、殿下のそばに寄り添う。

 演技は少々ぎこちないが、この場面であれば動揺しているように見えるだろうし、問題はなさそうだ。


「傷を負ったのか」


 仮面の騎士も声をかけてくる。

 相変わらず、感情は読み取りにくい。


「……なァに、掠り傷です。それより、一人取り逃しました。お仲間が後を追っていますが……おそらく、増援を呼ぶつもりかと」


 俺の言葉で、「正義の道」一行に緊張が走る。

 ……さて、ここからが勝負だ。


「ご安心を。宿に使ってはいましたが、我々の本業は船乗りです。このまま、沖に逃げましょう」


 海路は危険だと踏んでいたが、どうにかなる算段はついた。追手が来たとしても、「賊」の首を掲げれば交渉はできる。

 もっとも、相手が誘いに乗らなくては意味がない。

 だからこそ先程は芝居を打った。……俺達が信頼に足ると思わせるためにな。


 茶番のため、鎧の方にジャックがすっぽりと収まり、ロレンソ(の首)が収まった兜を乗せた。隣に立ったカサンドラが魔術で鎧の表面を多い、ジャックには俺の姿が見えるように、俺にはジャックの動きが読めるように細工をする。俺が身体を張って追っ手と戦えば戦うほど、信頼に足る存在だと印象づけられるという寸法だ。

 ただ、首をはねる振りは俺がその場で考えた。ロレンソもそこは想定外だったのかもしれない。ありゃあ、演技とは思えない悲鳴だった。


「ど、どうなさるおつもりで?」


 ペタロが慌てた様子でクエルボに語りかける。

 そこで、さらに一押しする。向こうも俺が「平知盛」であることはわかっているだろうが、だからこそだ。

 俺は、悪党として名を馳せた覚えはこれっぽっちもない。……やっこさんもそうだろうがな。


「義のために、戦っておられるのでしょう? ならば、手を貸します」


 ……もし、相手があの義経でなけりゃ、向こうの「義」も多少は信じられたのかもしれねぇがな。

 俺たちは結局、野蛮な武士もののふだ。身内のため、互いが生き残るために争いあっただけの血塗れた魂だ。……特に、義経は、大義だとか大きなもののために戦っていたようには見えなかった。

 そんなもの、くだらないと投げ捨てるのが奴だろう。あれは、俺が捨てざるを得なかった理想を、ハナから持とうともしない男だ。


「ふむ……」


 クエルボはいぶかしげに俺の傷を見、抱えた兜に視線を移す。


「その首、見せて貰えますか?」

「構いませんぜ」


 アリーがそそくさと殿下の顔を覆い、自分もギュッと目を閉じる。

 兜の下から金髪の生首が現れると、クエルボはあらゆる角度からまじまじと眺める。


「血は垂れていませんが……傷口が焼けていますね……?」

「……そういや、炎の魔術師がいましたからね。剣が熱されていたのかも」

「なるほど?」


 クエルボは眺めるだけでは飽き足らず、べたべた触って確かめる。

 ……ロレンソ。頼むから、大人しくしててくれよ。


「見覚えがある。魔術騎士団にいた男だ」


 仮面の騎士が横から口を出す。

 ……まあ、間違っちゃいない。過去形なことも含めてな。


「……もういいですよ。ありがとうございます」


 クエルボがぽいっとロレンソの首を投げて寄越す。

 心なしかロレンソの眉根が寄ったように見えたが……気付かれてはいなさそうだ。


「さて……我々の逃亡を手伝ってくださるとのことでしたが、心変わりはありませんね?」


 にやりと不敵に笑い、クエルボは俺に手を差し出す。


「ええ、もちろんです」


 俺もしっかりと握手をし、応える。


「このクエルボ・フエンテス、命運を貴方がたに預けましょう」

「ペタロ・アレグリア。同じく」

「戦力が足りなければ言うといい。私も力になる」


 義経一行は口々に語る。これで、どうにか作戦を進めることが出来そうだ。

 あとはカサンドラがリカルド、ルシオを上手くいて、小舟で待機しているジャックと合流し、船に帰ってくる手筈になっている。


 ……すべては殿下を守り抜くためだ。

 そのためなら俺は、亡霊にでも鬼にでもなってやる。

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