二十三、先手
静まった船の中、
「まさか、向こうから宿泊の申し入れがあるとは……」
神父服の男のぼやきに、赤毛の男は語る。
「何か、考えがあるのでしょう。例えば……僕達を誘い込んで迎え撃つ、とか」
鼻歌を歌いながら短剣の手入れをし、男は軽口を叩くように語り続ける。
「僕の作戦に変更はありません。向こうはあくまで貿易商……この戦力でも、かの王子をさらうには充分でしょう」
仮面の騎士は部屋の隅で黙り込んでいたが、やがて、ぽつりと呟いた。
「本当に」
「ん?」
クエルボは細めた目をわずかに開き、そちらを見る。
「本当に、必要なのか。王子とはいえ、子供だ」
迷いの見える口ぶりに、ペタロも静かに目を伏せる。
「子供ではありますが、争いの種には違いありませんね」
クエルボはあくびをしつつ、告げる。
「民の平和を真に望むなら、覚悟を決めるべきでは?」
その言葉に、仮面の騎士は再び沈黙する。
争乱の気配を隠したまま、夜は更けていった。
***
翌朝。ぞろぞろと客が帰っていく中、予想通り義経一行は船の下に留まっていた。
何やら揉めているようにも見えたが、俺が顔を出すと
「……私は反対だ」
……と、仮面の騎士がぼやいたのだけは聞き取れた。
「ああ、どうも。いつまでも居座って申し訳ない」
クエルボと名乗った男がへらりと笑う。
「ところで、船の中で奥様と娘さんを見かけたのですが。危険も多いお仕事でしょうに……同行させているのです?」
……やはり、話題に出してきやがったか。
どう答えようか思案していると……背後から、怒鳴り声が響いた。
「……ここにいたか!!!」
甲冑を身につけた図体のでかい男が、仮面の騎士を指さして叫んでいる。
隣には真っ黒なマントに身を包んだ何者かが無言で控え、ブツブツと何事か呟いている。
「おのれ、目立つ姿を隠しもせず……!! 我々騎士を
「私は悪などではない。なぜ、隠れる必要がある」
凛とした言葉が響き、甲冑の男にも動揺が見える。
……こいつ、本当に義経か?
今は、考えている場合じゃない。……作戦は既に始まっている。
「船に戻ってください! ここは私が食い止めます!」
義経一行にそう叫び、甲冑の男に突進する。
「魔力の流れ」を視、振り上げられた剣を受け止める。以前から多少の知識ならあったが、詳しいことはカサンドラに教わった。
「……早く船に!!」
「ルシオ、リカルド、加勢を」
俺が叫ぶと、仮面の騎士は冷静に指示を出す。
脇に連れ添っていた二人が飛び出せば、黒マントの方が腕をかざし、炎の壁を作り出す。
熱に圧され、ペタロ、クエルボ、そして、カミーノ・デ・ラ・フスティシアは船の中へと退避していく。
「斬れ」
俺が囁くと、甲冑の中から「えっ?」と声がする。
「かすり傷ぐらいは要るだろう」
そこで機転を利かせたのは、隣の魔術師だった。
黒マントの奥から閃光がほとばしり、俺の腕を掠める。
「……! ぐぁあッ!」
分かりやすく呻き、後退する。
ルシオとリカルドは、炎の壁から先へ進めていないらしい。
隙を見て甲冑から剣を奪い、兜と鎧の間に差し込む。
「な……ッ!!! ぎゃぁぁあッ」
悲鳴とともに兜が地面に落下し、派手な音を立てる。
少し遅れて鎧も倒れ、海の中へと落ちていく。
ルシオとリカルドが炎の壁を突破し、残された魔術師に向けて剣を構える。
「おのれ……! だがすぐに救援を呼んだ! 正義を騙る賊め、きさまらの命運もここまでよ!!」
黒マントの魔術師はどこか芝居がかった捨て台詞を吐き、走り去る。
「待て……!!」
「店主! 我々は奴を追う! 船に戻り、クエルボ殿にその
ルシオとリカルドが後を追う。
俺はその背を見送り、転がった首を拾い上げて船の中へ戻る。
……さて、上手く事が運べば良いんだがな。
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