二十五、一騎打ち

 日の傾きつつある港に、一艘いっそうの小舟が浮かんでいる。


「……おっ、遅かったな」


 現れた影に、びしょ濡れの鎧を拭いていた男は顔を上げた。


「リカルドと……誰だったか。奴らが存外しぶとくてな」


 影……カサンドラは悠然と小舟に乗り込み、黄昏たそがれに染まる海を見やった。

 視線の先には、ウーバー・デム・メーア商会の船がある。


「しっかし、良いのかよ? 結構ガッツリ手助けしてくれてるけど?」

「ふん……賊であれ王子であれ、『武功』は『武功』であろう」

「子供好きっぽいもんな、カサンドラ」


 ジャックの言葉に、カサンドラはフードを目深に被り直した。


「余計な口を叩くでない。さっさと船を追え!」

「へいへい」


 夜明けには、勝負は決まっているだろう。

 海に沈むは義経か、知盛か。……決着やいかに。




 ***




 夕闇迫る甲板に、俺の影と、義経の影が揺れる。


「こんな場所に呼び出すとは、いったい何の用ですか」

「大方、もう気付いているんだろう。……義経」


 俺の言葉に、相手はうっすらと笑みを浮かべた。


「おや、いつ気付いたのです? 僕の方が義経だと」


 赤髪の男……クエルボは飄々ひょうひょうと佇み、へらへらと笑っている。

 ……けれど、その佇まいには一切隙がない。


「少なくとも、あのは違うだろう。てめぇがあそこまで義理堅いもんか」


 そう告げると、なぜかクエルボは誇らしげに笑った。


「ええ、彼女は実直じっちょくな騎士です。どうです? 可愛らしいでしょう? 自慢の妹ですよ」


 身のこなしはかつての義経とよく似ていた。おそらく、戦い方を教わったのだろう。……だが、やり口はまったく違う。


「しかし……いつ、気付いたのですか? 彼女が女性だと」

「気付いたのはアリーだ。魔力とやらをじっくり観察すりゃ、そういうのも分かるらしい」

「へぇ、そうなのですか。それは知りませんでした」


 世間話のように語らう中、ひりつくように殺気が場を満たしていく。

 ああ、そろそろ頃合ころあいか。

 顔を咄嗟とっさに逸らし、飛んできた短剣を受け止める。


「おや、お見事」


 クエルボ……義経は相変わらずへらへらと笑い、佇んでいた。

 顔面に向けて短剣を投げ返すと、奴さんはすかさず姿勢を低くし、懐に飛び込んでくる。


「僕を出し抜けると思わないことです」

「……ッ、さて、どうだかなァ!!」


 もう一つの短剣が腹に突き刺さる前に、魔力の壁を使って弾き返す。理屈の方はまだ曖昧だが、気合いで覚えた。

 たるの隙間に隠した剣を取り出し、敵の胴体をぎ払う。


「おっと」


 相手はひらりと後ろに飛び、空中で宙返りをして着地した。


「やぁやぁ我こそはァ……」


 ああ、この時を待っていた。

 血肉が沸き踊り、心が弾むのがわかる。

 やはり、俺の立つべき場は戦場だ。命と命のやり取りこそ、我が生き様にふさわしい。


「平清盛が四男、新中納言知盛なりィ!!!」


 願わくば、か弱き民を守るために。そして、わが一族の繁栄のために。より美しく、豊かな世を作り上げるために。

 俺は、知盛は、この力を存分に振るいたかった。


 偉大にして、恐ろしき清盛ちちうえ

 風雅ふうがにして、したたかな時子ははうえ

 聡明そうめいにして、幸薄き重盛あにうえ

 臆病にして、情け深き宗盛あにうえ

 静穏せいおんにして、気位高き徳子いもうと

 明朗にして、華やかな重衡おとうと


 そして、幼くして海に沈んだ帝。


 たとえ死したとしても構わない。

 今やはるか遠い、東の果て。海の底に眠る一門のためにも……俺は、断じて負けられない。

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