十九、今後の策

 すっかり目を回したロレンソを見つけ出して船に戻ると、殿下とカサンドラが共に俺たちを出迎えた。


「聞いてくださいズィルバー! カサンドラの話、面白いんですよ!」

「……そ、それは、まあ……何よりです」


 もう仲良くしてるのはさすがに予想外だったが、殿下の元気そうな様子に、ほっと胸を撫で下ろす。

「また聞かせてください!」とはしゃぐ殿下に対し、カサンドラはどうにも気まずそうだ。


「ズィルバー、出立しゅったつはいつにする?」


 甲板に上がると帆の点検を終えたジャックに尋ねられ、買った物資を確認中のアリーをちらと見る。


「アリーがオーストリアに使い魔を飛ばしてるらしいから、それの結果待ちだな」

「……使い魔?」

「動物に魔術を仕込んで手下みたいにする術だ。よっぽどの使い手でなきゃ、無理な芸当だがな」


 俺の説明に、ジャックは目を白黒させながら「ほへぇ……」とぼやいた。


「状況が良けりゃ、のんびり出立できて道中に迎えが来る」

「……その言い方、悪い場合もあるって聞こえるけど?」


 ジャックは冷や汗をかきつつ追求してくる。

 さすがに長い付き合いだけあって、察しがいい。


「ハプスブルク家の状況によっちゃ、厄介ごとを嫌がる可能性も十二分にあるからな」

「そ、その場合はどうするんだよ……?」

「目的は変わらねぇ。殿下を安全な場所までお連れするだけだ」


 アリーがちらと空の方を見上げたのが見えた。

 おそらく、しらせは鳥かなにかが運んでくるのだろう。


「……路銀の確保はできてんのか?」


 ジャックの問いには、渋い顔をするしかなかった。

 正直なところ、カサンドラとの戦いで商品が燃えちまったのはかなりの痛手になっている。

 どうにかなると見込みたいところではあるが、飢えや乾きを気合いでどうにかしろってぇのは、まだ幼い殿下には厳しい。


「だよなぁ……」


 ふむ、と考え込み、ジャックはキョロキョロと周りを見回す。


「……何か、いい手はあるか?」


 ズィルバーとして生を受けてからの付き合いだとしても、ジャックの柔軟なアイデアに助けられてきたことは数多い。

 ここは、頼っておくべきか。


「宿……とか?」

「宿? 船を出ればある程度は野宿で済ませるつもりだが……」

「そうじゃねぇよ」


 ジャックは船の中、積荷を入れるはずだった倉庫を指さした。


「俺らが宿を経営するんだよ。今は、倉庫に空きがあるだろ? ウチのヤツらにゃそこで寝てもらって、船室を宿泊客に貸し出すんだ」

「……なるほどな」


 甲板で飯も食えるとなれば、物珍しさに一泊ぐらいしていく客もいるだろう。オーストリアからの返答が来るまで、それで路銀を稼ぐのは悪くない。


「その策、乗った。恩に着る」

「水くせぇこと言うなって。俺らの仲だろ?」


 ジャックはヘラヘラと笑いつつ、「んじゃ、ちょっくら看板でも作ってきますかね」と階段を降りていった。


「殿下ー! 看板づくり、手伝って貰えます?」

「看板! なんの看板ですか!?」


 しばらくして、楽しそうな殿下の声も聞こえてくる。船宿の件はひとまずジャックに任せ、一服することにした。


「ズィルバー」


 ……と、背後から声がした。


「……カサンドラか」


 振り返り、相手の名を呼ぶ。

 眠りこけているロレンソを胸に抱え、カサンドラはじっと俺を見つめていた。


「お前は……」


 真剣な声音で、カサンドラは続ける。


「何を、見ている?」

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