十八、正義の騎士
細い刀身では魔力の塊を弾けない。
だが、義経……カミーノ・デ・ラ・フスティシアは金属の表面を滑らせて受け流し、練度の足りない魔力はエスパダ・ロペラの破損と引き替えに消滅した。
石畳に、折れた剣先が突き立つ。
「……トモモリ……」
ほんの少しだけ息を乱し、敵は俺を見る。
俺は両手でしっかりと剣を握りしめ、今度は頭から斬撃をお見舞いしようと振りかぶり……「見えない壁」に阻まれた。
「ご無事ですか!!」
背後から野太い声がする。走り寄ってきた神父から、そこそこの「魔力」を感じた。
どうやらこの障壁は、この男の術らしい。
「……聖職者が魔術か」
教会、特にローマは「そのような術は神のみが行使できるもの」として、発展途上の魔術を厳しく批判した。
ハプスブルク家が魔術革命に乗り遅れたのも、信仰によるしがらみが大きい。
俺の意図を察したのか、神父は大きく頷いた。
「安心したまえ。既に破門されている」
よく見りゃ、首元に十字架を提げていない。
神父姿の男は言葉を続ける。
「殺したところで、神に背いたことにはならん」
「……ほう」
ばちり、と視線と視線の間に火花が散る。
「待った待ったぁ!! な、何をなさってるんですかぁあ!!」
……と、聞き覚えのある声が乱入してきた。
「アリーか。……敵襲だ、気を付けろ」
「ええっ、またですかぁ!? か、加勢します!」
「助かる」
アリーほどの使い手なら、似たような障壁を作り出せる。……一騎打ちでないのは少々不服だがな。
「ペタロ、下がれ」
……と、仮面の剣士がそれまでの沈黙を破る。
「私は、これ以上戦う気はない」
「左様ですか」
ペタロと呼ばれた神父服の男は、指示に従い、すっと引き下がった。
「……何?」
それは、少なくとも義経らしからぬ言葉だった。
……だが、そもそも本気で戦う気なら、もっとマシな奇襲をかけてきただろう。あんな目立つ格好で人混みに立つわけがない。
「小手調べは済んだ」
「……ハッ、小手調べと来たか」
挑発にも思えたが、ぐっと堪え、周りを確認する。
これ以上派手に争えば、無関係な民に犠牲が出かねない。……ここで武器を収めるのが無難な判断だろう。
「確か……シンチュウナゴン・トモモリ……と言ったか」
「とぼけるな義経。それとも、俺を忘れたか?」
ギロリと睨みつける。仮面越しでの視線を感じるが、相手の表情は読み取れない。
「私は正義のため戦う」
折れたエスパダ・ロペラを拾い上げ、仮面の男は唐突に告げた。
「新たな争乱により民が泣くことだけは……それだけは、あってはならない。私情や因縁は二の次だ」
「……そうかい」
少し残念ではあるが、俺の最大の目的はアントーニョ殿下を守り抜くことだ。
避けられる戦いは、避けておいて損は無い。
「また会おう、トモモリ」
仮面の剣士はそう言い残し、深紅のマントを
「……あれ……ロレンソは……?」
チラチラと俺の方を伺っていたアリーが、小声で呟く。
「……悲鳴が上がる前に、回収してこねぇとな」
「そ、そそそうですね!」
生首が喋っていることを思い出したのか、アリーは青ざめながらロレンソが入った麻袋を探し始めた。
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