十七、邂逅の時

 人形に結紐ゆいひもをつけて麻袋に結びつけ、買い出しへ。市場に着くとアリーと手分けをし、必要な物資を探し始める。

 アリーも高貴な位にいた人間だ。こんな市場での買い出しは不慣れかとも思ったが、案外そつなくこなしているように見えた。


 干し肉や果物の類を見ていると、ロレンソがモゾモゾと動こうとするので袋の上から軽く叩く。

 悲鳴が聞こえた気もするが、無視した。


 ここから先は陸路になる。海路と違って道中にも物資を調達しやすい代わりに、荷が多いと厄介だ。買うものはある程度厳選する必要がある。

 ……こんな生首に気を取られている場合じゃない。


「……おい」


 だが、ロレンソはしつこく話しかけてくる。


「嫌な予感がする」


 その言葉には、耳を傾けた。ロレンソは一応魔術騎士だ。……その「予感」は、何かを察知した証になり得る。


「……ッ」


 その時だった。

 本能を撫でつけるような「魔力」を感じ、振り返る。


 心臓が激しく高鳴る。

 右に、左にと視線をさまよわせ、「刺客」の気配を探る。


 市場の中央、人混みの中……「奴」はゆっくりと現れた。


「……」


 祭りの最中さなかのように深紅のヴェネツィアン・マスクを付け、マスクと同じく深紅のマントを羽織り、黒髪の男は佇んでいた。

 異様な格好に辺りはどよめき、避けるように道を開け始める。


「……! そのマスクは……!」


 麻袋の中で、ロレンソが声を上げた。


「カミーノ・デ・ラ・フスティシア……!!」

「……誰だ?」


 カミーノ・デ・ラ・フスティシア。

 スペイン語で「正義の道」を意味するが……どうも、本名じゃなさそうだ。


「正体はよくわからん。……だが、巷では英雄と呼ばれ……いや、情報は渡せないんだったな、忘れろ」

「遅い。もう聞きたいことは聞いた」


 刹那、風のように仮面の男は動いた。

 咄嗟とっさに袋を通行人に預け、担いでいた剣を構える。


「……なかなか、反応が早い」


 すぐそばで、囁くような声がした。

 俺の目と鼻の先にまで飛び込んだ男は、剣に胸を突かれる前にひらりと後ろへ飛んだ。

 途端に人混みがぱかりと割れ、舞台のように空間が広がっていく。


 ロレンソは奴をカミーノ・デ・ラ・フスティシアと呼んだ。

 正義の道。……義の、経……。


 ──ヨシツネは、再び現る


「……こんなに早く出会えるとはなァ……」


 ああ、この瞬間を待っていたのかもしれない。

 手に持った剣に魔力を込めれば、剣先に「何か」が溜まっていく感覚がある。……このまま解放すれば、飛び道具にもなりそうだ。


 相手の右腕が動く。

 素早く顔を逸らせば、背後の柱に細い刃が突き立った。


「エスパダ・ロペラか」


 最近流行りだした、突きに特化した片手剣だ。

 上手く攻撃を受け流せば防御も要らず、重い甲冑なんぞ脱ぎ捨てて素早く動ける代物……だったか。


 武者震いが全身の毛を逆立てる。

 身のこなし方でわかる。こいつは、強い。


 柱から剣を抜くなら、そこに隙が生まれる。

 すかさず胴をなぎ払おうと剣を振るえば、それを悟ったかのように男は再びひらりと宙に舞った。


 この身軽さ、間違いない。


「義経……!!」


 俺の呼びかけに、奴は一瞬だけ動きを止めた。


「なぜ、その名を……」


 思わずニヤついたのが、自分でもわかった。

 石畳に剣先を突き立て、吼えるように名乗る。


「やぁやぁ我こそはァ……」


 空気がビリビリと震える。

 俺の殺気か、奴の殺気か、そんなものは分からない。


「平清盛が四男、新中納言しんちゅうなごん知盛とももりなりィ!!!」


 持ち上げた剣の切っ先から、集めた「魔力」を放つ。

 俺がやるべきことはただ一つ。

 ここで、コイツを始末することだ。

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