十六、祈り
源義経。
この異邦の地ではともかく、日本でその名を知らない者はいないだろう。
平安末期。源氏と平氏が
知盛ら平氏一門の没落を決定づけたのは、彼の型破りな奇襲戦法であり……奇しくも義経自身の転落も、その型破りさに起因していた。
知盛はまだ、知るよしもない。
自らを打ち負かした義経も、あるいは頼朝でさえも……やがては歴史の流れに飲み込まれ、滅びていったことを。
『
ひとえに風の前の
***
ひとまず船をジャックに任せ、物資の調達に出ることにした。
カサンドラとロレンソ、どちらかを人質として見張る必要はあるが、カサンドラを連れて歩けば悪目立ちするし、ロレンソに至っては目立つどころの騒ぎじゃない。
苦肉の策で、ロレンソを麻袋に入れてみる。痛いとぶつくさ不満を漏らしていたが、人質のくせしてふてぶてしい野郎だ。
「殿下は先の大臣の血筋ではあるが、アブスブルゴの血を引いてもいる。表立っては手出ししにくいはずだ」
独り言のように呟くと、ロレンソは察したように口を開く。
「情報は渡せんと言ったはずだ」
……が、俺は聞かなかった振りをして続けた。
「とはいえ、大元のハプスブルク家が魔術革命に乗り遅れ、皇帝の権威は傾いている。大臣の方に権力が集まりつつあったから、殿下も国を追われたわけだしな。……やはり、敵の勢力は未知数か」
「……聞いているのか?」
「独り言だ。聞き流せ」
さすがに、釣られて情報を喋るようなことはなさそうか。そこはしっかりしていやがるらしい。
麻袋を担いで船室を出、アリーと共に街に向かう。
「良かった、ズィルバー! まだ出ていなかったのですね!」
……と、船を降りる寸前、殿下に呼び止められた。
「どうされました? 殿下」
「ふふふ、見て驚きなさい。じゃじゃーん!」
差し出された手のひらには、木彫りの人形がちょこんと乗っかっていた。
「で、殿下! 小刀を使ったのですか?」
「ちゃんとジャックに見ていてもらいました。ほら、怪我もありません!」
うろたえるアリーには誇らしげに返答し、殿下は期待のこもった眼差しをこちらに向けてくる。
「どうでしょう。上手に作れたと思うのですが!」
人形を差し出す手のひらには、本人の申告通り傷一つない。
人形は、俺の親指より少し大きいくらいか。
「……なるほど、
受け取り、まじまじと見る。
旅の無事を祈ってくださったんだろう。形は少々いびつだが、込められた想いが伝わってくる。
「……カンノン……? ええと、聖母マリアさまの像なのですが……」
「こ、これは失敬……。ま、まあ、観音様もマリア様も似たようなモンですよ」
似てねぇかもしれねぇが、祈りが込められてるのは同じだ。
……そもそも、殿下が観音様を知ってるわけがない。義経の名前を聞いて、ちっとばかし昔を思い出しすぎたか……?
「そうですか! 上手く作れていたようですね!」
胸を張りつつ、殿下は満面の笑みを浮かべた。
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