十、新たなる地へ

 翌朝、 まだ眠そうな殿下に会議の結論を伝える。


「……ってわけで、旅の途中はアリーに俺の妻、殿下に俺の娘を演じてもらうことになりました」


 目を擦っていた殿下は、その言葉でハッと背筋を伸ばし、ベッドから飛び降りた。

 奇襲のせいで悪夢を見ていないか心配ではあるが、元気そうで良かった。


「何が『ってわけ』なのですか!? 逃げ隠れしても結局はバレるから迎え撃つって聞きましたが!?」

「そのぉ……あ、ある程度までは誤魔化せるかも……と、ジャックさんもズィルバーさんもお考えのようでしてぇ……」


 アリーがたしなめるが、殿下は不服そうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「どうして僕が娘なのです!! アリーでなく、僕が妻でいいじゃないですか!」

「…………いやァ、そりゃ無理でしょう」


 娘にしちゃ少しでかくはあるが、俺は26で殿下は11だ。見てくれからして、妻はさすがに無理がある。

 アリーは気まずそうにうろたえていたが、やがて、こほんと咳払いをし、殿下の前に跪いた。


「殿下……どうぞ、ご理解くださいませ。私とてズィルバーさんのような怖……いえ、殿下が恋い慕う方の妻を装うのは不本意なのです」

「ううー……」


 怖いと言おうとしたのは、聞かなかったことにしておくか。

 重衡おとうとはこういう手合いにも愛嬌あいきょうがあるってんで人気だったが、俺はどうにも威圧感があるらしい。


「不服ですが、仕方ありません……。でも、いずれ本当に伴侶にするのは僕ですよ!」


 頬を膨らませつつ、殿下はまた抱きついてくる。

 光源氏か、俺は。


「逃げのびて、立派に成長してください。そしたら考えますよ」

「当然です。貴方も、しっかり守ってくれますね?」

「……ええ、もちろんです」


 船は、明日には新たな陸地に辿り着くだろう。

 俺がやるべきことは、もう分かっている。

 既に、刺客が手ぐすね引いて待ち構えているだろうからな。

 



 ***

 



 エメラルドグリーンに輝く海を見つめ、人影はうっすらと口角を吊り上げた。

 赤いローブを身にまとった女の顔は、フードに目元まで覆われており、髪の色はおろか、目の色も隠されて判別できない。


「騎士は、魔術の専門家ではないぞ。……私とは違ってな」


 女は傍らの首に語りかけ、愛おしそうに頬を撫でる。


「そうであろう、ロレンソよ」


 青白い指で金の髪を撫でつけ、魔術師の女は艶やかに笑っていた。

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