八、急襲

 知盛は清盛にもっとも期待された「息子」として有名ではあるが、彼自身は「父親」でもあった。

 18の頃に同年齢の妻を正室として迎え、34歳にて戦死するまでに少なくとも4人の息子と1人の娘をもうけている。更には、正室治部卿局じぶきょうのつぼね高倉天皇たかくらてんのうの第二皇子、守貞親王もりさだしんのう乳母めのととなった際、知盛も養育を行ったとされている。


 屋島やしまの戦いにて幼い安徳天皇あんとくてんのうを守護した際、義経の奇襲に激しく動揺したのも……

 彼が、「父」だったからだろうか。


 ズィルバーの記憶にも、父としての思いは刻まれている。

 ……ゆえに、彼は王女を守ると決めたのだ。


 一行は夜の海を進み続ける。

 まだ嵐もなく、船は穏やかな静寂せいじゃくに包まれている。


「あの船か」


 月明かりの下、波打ち際にたたずむは、果たして誰の影か──




 ***




「……!!」

「……? どうしました……?」

「いや……気のせいです。気になさらず」


 視線を感じたが、気配はすぐに消えた。

 ……敵も魔術を使うのなら、どこか遠くで「ている」可能性はある。

 殿下は既にまどろみつつある。……不安にさせる必要はない。このまま眠るなら、眠るに越したことはない。


「……そこか」


 窓枠に、弱いが「魔力」を感じた。果物ナイフを投げつければ、ボトリと黒い物体が落ちる。


「……ネズミ……?」


 商売柄、積荷つみにをよくかじられ難儀させられるが……落ちて痙攣けいれんするそれも、何の変哲もないネズミに見えた。

 ……が、


「グァァアッ」


 俺が掴みあげた途端、牙をき、うなり出す。

 小さな体から魔力があふれ、埋め込まれた「術」が動き出す。


しつけ……いや、違うな」


 わずかに腐臭がする。このネズミは……「死体」だ。


「キシャァァアッ」


 ネズミは暴れに暴れ、殿下の元へ向かおうとする。


「させるか……!」


 握り潰そうと力を込め……思い留まる。

 この「術」は、死体を「生きたように」動かしてはいない。動きが違う。4本の足をてんでバラバラに、辛うじて「移動できる」ようにしか動かせていない。

 試しに力を弛めるが、ネズミは指から飛び出すどころか、噛み付くことすらしない。


「……小道具か!!!」


 とっさに手を離し、魔力をこね回す。

 細かいことはわからないが、このネズミは「閉じ込めなければまずい」。


「オラァ!!!!」


 空間をねじるよう「気」をぶつければ、確かに歪んだ感覚を得る。考える暇もなく、とにかく中にぶち込む。

 同時にネズミの死体に仕掛けられた「術」が発動し、炎が弾け飛ぶ。指と前髪をほんの少しだけ焦がし、ネズミは灰になって消えた。


「殿下……!」


 寝台の方に声をかけるが、返事がない。

 横たわった体に触れ……ようとして、気付く。


「すぅ……すぅ……」

「……お休み中でしたか、これはご無礼を……」


 手のひらから灰がこぼれ、焦げた匂いがほのかに香る。

 部屋に見張りを呼び、甲板へと向かう。……話し合わなきゃならないことが、山ほどある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る