七、束の間の安らぎ

 甲板かんぱんを夜風が撫でている。

 時代も土地も変わったというのに、夜空に煌めく星は、あの頃と変わらないように見える。


「……で、何があったんだよ」


 さっきからジャックは、俺の「変化」についてしつこく聞いてくる。適当にかわしていたが、どうにも納得できないらしく、ついにこちらが根負けさせられた。


「説明が難しい。……お前、仏教はわかるか」

「……ブッキョウ? なんだそれ」

「神についての教えだ。……正確には神ってわけでもないが」

「お前……神を信じるようなタマだったか?」

「やっぱり話しても無駄だろうな」

「なんでだよ! ちゃんと聞くから話せよ!!」


 ジャックはやいのやいのと騒ぎ立てるが、説明が面倒にも程がある。


「……日の本ジパングについて、どれほど知ってる」

「んぁ? 黄金の国か? 全然」

「知識をつければまた話してやる」

「チクショー! 結局何一つわかんねぇよ! あれか!? 神の啓示でも受けたとかか!?」

「……! 近いな」

「近いの!?」


 ……なんて、くだらないやり取りをした後、ジャックは大袈裟なため息をついた。


「了解。俺が理解できなさそうなことがあったんだな」


 俺が頷くと、ジャックは船べりに頬杖をつき、ぽつりと呟く。


「……じゃ、仕方ねぇか」


 ズィルバーとして生を受けてからだとしても、俺たちの付き合いは長い。

 納得はできなくとも、信用されているならそれでいい。

 ……と、そこに、弱々しい声がかかる。


「あ、あのぉ……ズィルバーさん……」


 アリーが、殿下を連れてそこに立っていた。


「殿下が……そのぉ……眠れないとのことで……」

「……別に、平気です。アリーは心配しすぎです」


 アントーニョ殿下は気丈に振舞っているが、幼子にはきつい経験だろう。

 むしろ、震えてチビったって仕方ないくらいの出来事だ。


「つっても、ズィルバーは顔が怖いからなぁ。寝かしつけるってなると悪夢を見るかもだぜ」


 ジャックが失礼なことをほざいているので、負けじと言い返す。


「……ジャックの場合は、寝かしつけようとして二人で徹夜するのが関の山だろうがな」

「……た、確かに……!」


 おい、そこは認めるのか。

 アリーが思わず吹き出したが、ハッと真顔に戻る。それでも殿下は下を向き、拳を握り締めたままだ。

 彼女は年若いなりに、魔術の才を持っているのだと聞く。心の動きによって左右される力なら、睡眠は取っておくに越したことはない。


「……寝物語くらいは付き合いますよ」


 俺が声をかけると、殿下はゆっくりと顔を上げる。


「それは……アリーも知らない話ですか? 聞き飽きた物語は嫌ですよ」

「ウーバー・デム・メーア商会の生い立ちから貿易商になるまで……は、さすがに聞いたことないでしょう」

「あっ、面白そうです!」


 琥珀の瞳が、きらりと輝く。

 夜空の星に似た、澄んだ輝きだ。


「おーい、くれぐれも徹夜させんなよー」

「分かってる。……行きますよ」


 ジャックの言葉に頷き、アントーニョ殿下に手を差し出す。殿下は嬉しそうに手を握り、「早く行きましょう!」と笑った。

 幸いにも、話せるネタは山ほどある。

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