五、覚悟

「お見事ですズィルバー! さすがは僕の伴侶になる男!!」


 はしゃいだアントーニョ殿下は、またしても余計なことを言う。

 勘弁してくれ。そもそも、出会ったのだって数刻前だぞ。


「伴侶!? ど、どどどとどういうことですか!?」


 アリーは飛び散った血に青ざめたまま、ガタガタと震えている。


「……殿下が勝手に言ってることだ。俺にその気はない」

「その気はないけど、考えてはくれるんですよね!」


 随分ませているとはいえ、アントーニョ殿下はまだ十を過ぎたくらいの少女だ。いくらなんでも早すぎる。徳子いもうとが帝に嫁いだ時ですら、十六やそこらだぞ。

 澄んだ琥珀の瞳が、痛いほど純粋に俺を見てくるが……どうにもやりづらい。


「…………おい、どうすりゃいい」

「さぁ?」


 ジャックに尋ねるが、奴は肩をすくめるだけだった。


「な、何となく事情は分かりました。殿下は確かに、その、奔放ほんぽうなところがありますので……」


 もごもごと言いつつ、アリーはさっきの地図を開く。二つあった大きな点は、今や一つだけだ。


「これが、ズィルバー殿の魔力反応ですかねぇ」

「だだ漏れではないですか! 僕だって抑えられるのに……これではすぐ見つかって当然です!」


 アントーニョ殿下がキャンキャンと子犬のように吠える。

 ほへぇー、と間の抜けた声を上げ、ジャックは地図と俺を見比べた。


「抑え方は知りません。魔力がどうとか、感じ方すら知らない野郎どもに囲まれてたんで」


 俺がそう告げると、アントーニョ殿下は「なるほど」と頷き大人しくなった。

 親父は選帝侯せんていこうになる寸前だったとも聞くが、俺自身は魔術の教育を受けたこともないし、書物でかじった程度だ。

 魂の力……魔力が引き出せたのも、さっき「前世」を思い出したのがでかいだろうしな。


「どうも、感じ方すら知らねぇ野郎の一人でーす」


 おどけるジャックをしり目に、アリーは顎に手を当て、考え込む。


「うむむぅ、魔術に手を出した貴族ならば基礎ではありますが、没落貴族でしたか……ならば後ほど私が手解きするとして……今はそうですねぇ……隠蔽いんぺいの術でもかけておきましょうか」


 言うやいなや、アリーの手から白い光が溢れ、俺の全身を包み込んだ。


「これでしばらくは大丈夫かと……」

「礼を言う」

「なんの! 巻き込んだのは我々です。行きずりだというのに、まさか協力してくださるとは……」


 この島には商売がてら立ち寄ったに過ぎない。……が、追われる身の二人を見て、「放っておけない」と感じた。


 ──海の底にも都はございまする


 ……今思えば、幼くして海に沈んだ哀れな甥っ子の影を見たんだろう。性別は違ったが、境遇きょうぐうはよく似ている。


「これで魔力を隠せたってことか……。……ち、違いがわからねぇ……」


 ジャックは目を白黒させ、何やら考え込んでいた。


「別にわからなくていい。……さっさと案内するぞ」


 ……が、俺が背中を叩くと、「へいっ」と飛び上がる。


「港の方に船がある。それを使って落ち延びるか」

「あのぉ……本当に、よろしいので?」

「くどい。もともと危険な仕事だ、覚悟のない奴は船に乗せてない」

「そ、そうですかぁ……」


 アリーはまだ尻込みしていたが、アントーニョ殿下の方を見、意を決したように歩き出した。

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