三、王子殿下

「……あー……アントーニョ殿下? 一人でちょろちょろ歩き回るのはとんでもなく危ないんで、勘弁してくださいますか?」

「貴方こそ、どこかに行くならせめて一言くださいな。探したじゃありませんか」


 目の前で偉そうに威張ってるガキが、亡命の手伝いをしている王子殿下ってことにはなっている。

 名前もアントーニョ……男の名前だが、本来は少女だ。つまり、例の大臣は男と偽って王位を継がせようとした……ということになる。


「お着替えはもう済みましたか?」

「ええ! 貴方が敵を倒してくれたおかげで、怪我もありませんよ」


 王子……いや、王女はぴょこぴょこ、くるくると楽しそうに俺の周りを回る。一体なんだってんだ。


「ズィルバーは強いのですね。あの数を一気に倒してしまうなんて!」


 弾んだ声で、アントーニョ殿下は告げる。


「み、見てたんですか……」


 ガキに見せるようなモンじゃないが、見られちまったからには仕方ない。……それに、ぬるま湯育ちにしては案外平気そうだ。


「ふふ、強い男は好きですよ。それでこそ僕の護衛にふさわしい」

「そりゃどうも」


 ジャックは無言で敵の死体を引きずり、道の脇に積み重ねる。まだ、俺の豹変については受け入れられないらしい。

 アントーニョ殿下はきらきらした視線をこっちに向け、ぴょんと俺の腰に抱きついた。


「……。なんです?」

「僕は決めました! 無事亡命できたら、貴方を伴侶はんりょとして迎えます!」

「ぶっ!?」


 死体を始末していたジャックが、思わずこちらを二度見する。

 アントーニョ殿下は相変わらずきらきらとした、真っ直ぐな瞳で俺を見ている。


 頼むから二人とも、そんな目で見るな。

 かなり気まずい。


「……あのー……ご自分で何言ってるか、分かってます?」

「もちろんです。僕はたくさん命を狙われ、死ぬような目にあってきました。……実際に、母国では死んだことになっています」

「……そうっすね」

「だからです。貴方が伴侶なら、たとえ寝台の上でも安全だと判断しました!」


 色々と物凄いことを言われている気がするが、何となく理由は飲み込めた。

 要するに、四六時中護衛をするにあたって伴侶だったら遠慮はいらねぇだろってことか。

 山ほど危険な目にあってきたガキだ。身の安全のために手段は選んでられないんだろう……って、待て待て待て!!


「そりゃァ、別に護衛でいいでしょう。何も伴侶でなくとも……」

「な……っ、貴方は僕の風呂や着替えを見る立場に、ただの護衛のままでなるつもりですか! なんと破廉恥はれんちな……!!」


 顔を真っ赤にし、アントーニョ殿下は俺から距離をとる。

 これは俺が悪いのか。なぁ、そうなのか。

 ジャックの方を見ると、肩を震わせて笑っていた。


「そこら辺はおいおい考えますんで……とりあえず、アリーも呼んで今後について話し合いましょう」

「考えてくれるんですね、本当ですね!?」

「本当です本当です。ちゃあんと考えますんで」


 必死になだめる俺の横で、ジャックはついに腹を抱えて笑いだした。


「こりゃ傑作だ! っつーか、やっぱズィルバーはズィルバーだな!!」

「ど、どういう意味だこの野郎……!!」


 ジャックを小突こうとゲンコツを振り上げると、草むらの方から女の声がする。


「アントーニョ殿下ぁあ! そこにいるんですかぁ!?」


 情けない声を上げ、世話役のアリーが半泣きになりながら這い出てきた。

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