第1話 今日からニューゲーム 其一

 俺は周藤 慧太。この春から県立鷲埼高校に通い始めた、どこにでもいる普通の男子高校生——になるはずだった男だ。いや正確には普通の男子高校生だったんだよ、ついこの間まではな。ゴールデンウイーク最終日にあんなことに巻き込まれなければ。ああ思い出したくもねぇ。おかけでこんなことしなくちゃいけねぇんだからな。


 心の中で悪態を付きながら、重力に逆らった頭髪を触る。休み前は光沢が自慢のパッツンストレートだった俺のヘルメットヘアーは、今じゃさながら某国民的バトル漫画の主人公が如くツンツンウニ頭と化している。よく見れば髪も金色で無駄に再現率が高い。――にしても主人公か。うーん実に嫌なフレーズだ。

 また、小学校低学年から愛用していた銀縁眼鏡もお役御免とばかりにケースに片付けられ、その両眼には新品のコンタクトレンズが違和感なく収まっている。

 

 高校デビューにしては遅すぎるこの見た目の変化。クラスメートはどう思うだろうか? 

 まぁドン引きだろうなぁ確実に。少なくとも俺が第三者だったらそうなる。

 変わったねぇ何かあった?じゃ済まされねぇ。下手すりゃ頭の中身を疑われて即刻病院送りorハイパーぼっち生活のスタートだ。


 何故俺がこんな基地外じみたことをしているのか。答えは簡単明白だ。

 それは俺が『主人公』だからだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 


*** ***


 


 あの日、意識を取り戻した俺は、気が付くと自分の部屋で突っ伏していた。

ずいぶん悪い夢を見たもんだ。最初はそう思ったさ。でも、勉強机に置かれた

『主人公マニュアル』とかいうふざけたタイトルの書籍が目に入ると、ああ現実なんだなと嫌でも実感させられた。


 いやね、おかしいと思ったのよ。両親はゴールデンウイーク前に揃って海外赴任になるしな。よくよく考えたらその時点で察するべきだったのかもしれないが、高校生に上がりたてのしがない男児である俺にその状況が『アイム・フリーダム』ぐらいにしか感じられなかったのを誰が責められよう。


 かくして、他にすることもないので、そのクソマニュアルを一読することにした俺は以下の情報を取得した。


・主人公は15歳から18歳の健康な日本男児の中から毎年1人選ばれる。

・主人公を投げ出す、若しくは第三者にバレた場合、即刻死ぬ。(どうやって死ぬかまでは分からなかった)

・『主人公Pポイント』なるものが存在し、これを一定値まで貯めるとその時点で任期終了となる。逆に最低値(0)に達するとその時点で死ぬ。


――うん?ちょっと待て、リスク高すぎだろ!後、『主人公ポイント』ってなんだよ。しかもゼロになったら死ぬ……だと!?聞いてねぇぞ、そんなの。


 すぐさま、『主人公P』の増減条件について調べようとしたその時、どこからともなく騒がしい音を鳴らしながらアラームがなった。よく聞かなくても分かった。どう考えても発生源は手元にあるマニュアルからだったし、その後流れたアナウンスが


『10分後に本書籍を爆破します』


 とかいう、びっくりするくらい物騒なものだったからな。アッハッハッハ。ふざけんなボケ!もう時間ねぇじゃねぇか!


 その後、秒速で自転車を走らせ、爆発寸前で川にぶち込んだのは言うまでもない。よく間に合ったなホントに。あんなに自転車漕いだのはもしかしたら人生で初めてかもしれない。おかげでしばらく動悸が収まらず、結局昨日は徹夜だった。最悪だよこの野郎。


 そんな徹夜のテンションと『主人公P』っていうパワーワードが弾けて混じり、「あれ?もしかして主人公と同じ見た目にすれば主人公になれるのでは?」という発想に行き当たった俺は、何故か家にあったカラーリング剤(金)とハードワックスを駆使し、見事に変身。


  そして今に至る。ちなみにコンタクトレンズについては、『主人公マニュアル』に同封されており、説明書にこれを必ず付けるようにとしつこく書かれていたため填めたところ、目の中に染み込む用に入り、取れなくなってしまった。説明書を読み返すと、如何やらそういう仕様とのことだった。幸いなことに健康に害はないらしい。

 何故だろう、オーバーテクノロジー感が否めないが、眼鏡着用時よりも視界がはっきりしているためよしとしよう。


 あー。教室入りたくねぇなぁ。なんでこんなことしてしまったんだ俺は。

 寝不足の瞼を抑えつつ、都合の良い言い訳を考えながら歩いていると何かにぶつかった。俺の右手がその何かを捕える。なんだこれ?やけに柔らかいぞ。それになんかいい匂いがする。瞬間嫌な予感が奔った。俺は知っている。これはもしかしなくてもあれだ。あの『お』から始まる女性特有の――


 俺が悟りを開きかけたその時、頭上に雷が落ちた。いや正確には雷が見えたという表現の方が正しいのか。どうやら俺は頭に踵落としを食らったらしい。

 延髄かち割るくらいの衝撃を受けたもんな。それに頭上に足が見えたから間違いない。……後、一瞬スカートの中の花園が見えたのはこの際内緒な。

 

 そんなくだらないことを考えながら脳が揺れる感覚とソローモーションになっていく景色を味わう。あれもしかしてこれ死ぬやつでは?悟りを開く前に召されるやつじゃん。

 薄れゆく意識の中、最後に目に映ったのは、修羅の表情を浮かべた、やたら可愛いゆるふわヘアーの女の子だった。後、瞳に何か文字が映った気がするがきっと気のせいだろう。






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る