閑話・【過去編】おにいさんとリゼリー1


過去編のお話になります。

リゼリーが5歳の時にあった出来事。


***



「―――おや。こんな所に可愛い女の子がいるとは。」



聞いた事の無い男性のその声に、リゼリーはぱっと振り向く。


黒と紺が入り混じったような色の髪に少し甘さを感じさせる蜂蜜色の瞳をもった

一人の青年がそこにはいた。



「お兄さんは、だれ……?」



リゼリーは特に警戒することもなく青年に尋ねた。


ルーナ王国内は自分の大きな祈りで守られているから諍い事とはほぼ無縁であるし

目の前の彼から悪い気は感じられなかったから。


それに、王宮の敷地内でもあるこの庭園へ入って来れる人間は限られる。


青年は人好きのする笑顔を浮かべて小さなリゼリーと視線を合わせるように屈んで

言葉を返した。



「私は古くからの友人を訪ねて東から遊びに来た者だよ。名前は……そうだな。

”アル”とでも呼んでくれないか。」


「うん。私はリゼリーっていうの。」


「リゼリーか。うむ、見た目も名前も可愛いんだね。」



アルと名乗った青年は穏やかな口調のまま、けれど疑問の色を含ませた表情で

小首を傾げてリゼリーに問う。



「……して、君は城のどなたかの子なのかな?いやそれにしては格好が普通過ぎる

とでもいおうか。」


「あ……えっと……」



リゼリーは迷った。


確かに城に勤める人間の子供と言い張るには平民のような服を纏っているし、

かといって迷子ですと主張するにも無理がありすぎる。


まさか外の人が庭園にやって来るなどと思いもしていなかっただけにその時の

対応をあまり考えていなかった。


悩んだ短い時間の末、リゼリーは乳母であるマチルダの言葉を思い出す。



『姫さま。誰かもよく知らぬ者に正直に答えてはなりません。姫さまはまだお小さい

から、もしも会って何か聞かれてしまった場合には”わからない”と言って、逃げて

くださいまし。』



既に名乗ってしまってからの逃げに転じる答えにどれほどの効力があるかは不明な

上に、助けを求められる人が不在の庭園内のどこへ逃げればいいのだろう。


心配性なマチルダから何度も釘を刺されるように言われていたことだったのに、

いざいざ直面するとなかなかに思い出せない。



「う、うん!あのね、わ、私、子供だから……よく、わからない!」


「わからない?」



リゼリーから思い切り視線を反らされてからの返事にアルは『ふむ。』と短く頷いて

何か思案した後に、ニヤリと笑って提案する。



「それじゃあ大変だ。こんなにも可愛い女の子が一人で庭園に残されていたら、

ご両親はさぞ心配されるだろう。私が一緒に探してあげよう。」


「――……っ!そ、それはダメ!絶対ダメ!」


「どうして?」


「だ、だって……えっと……ダメって……」


「誰かにそう言われたのかい?」



言葉に詰まって、リゼリーはこくりと小さく頷いて肯定する。



「なるほど。まあ、そうだろうね。隠したくなる気持ちはわからないでもない。」


「え?」



こちらの事情を知っているとでもいいたげな雰囲気を醸し出しながらそう呟かれて

思わず反応してしまう。


自分の存在を知っている人間が国外にいただなんて、三度目の転生からこれまでに

一度だって聞いたことが無い。



「アルさん……は、何か知ってるの……?」


「そうだねぇ……君はこの庭園が初代王妃のお気に入りだったって知っているかい?

かつてはここで両陛下揃って、二人で秘密の時間を過ごしていたとか。」


「……?うん……とっても仲の良い夫婦だったって。」


「そんな特別な場所に警備の目もすり抜けて入れる人間なんて、限られているとは

思わないかい?……って聞いても、リゼリーには”わからない”かな。」



にこにこと笑顔のまま語られるアルの言葉に、今度はリゼリーの方が疑問を持つ。


ルーナ王国初代王妃――自分の母が愛したこの庭園を知っていて、かつ外からの

訪問であるにも関わらず敷地内を自由に回れるこの人は一体。


一度引かれた興味は簡単には引っ込まない。



「アルさんは――」



遠くの方で鐘の鳴り響く音がした。


誰かが来る。とリゼリーに報せるその鐘は、愛した両親が自分の為にと想いを込めて

教会と共に造ってくれたもの。


だからリゼリーはもちろん、自分を想ってくれる人たちにもその音は聞こえる。


一つの例外を除いては。



「リゼリー?」



鐘の音に意識を傾けていたリゼリーはアルの不思議そうな声にはっとして戻り、

なんでもないと緩く首を横に振ってから急ぎ彼に帰るよう促す。



「アルさん。もうすぐ誰かここに来ちゃうから、王宮に戻って。」


「誰か来る?ああ、君のご両親かな?それなら問題無いよ。」


「ち、違うの。多分、両親じゃ……ないんだけど、アルさんがいたらいけないの。」


「どうして?」


「うっと……それは……」



正直に理由が言えないだけにリゼリーは困った。


アルが只者でないことはわかっていても、それでもやはり城の者に自分と接触して

いたことが見つかってしまっては都合上よろしくない。


しかし目の前で穏やかに訳を尋ねてくる青年は正確な答えが返って来ないとその場

から動きそうにもない。


どうしよう。


困り果て、無言になって俯くリゼリーにアルが言葉を掛けようとしたとき庭園の

奥から聞き慣れた声がして、どきりと心臓が跳ね上がった。

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