#37


三日後。リゼリーはマチルダと二人で庭園を散策していた。


彼女にグランウッドに来てからクラウスに教えてもらったことや、彼と過ごした日の

ことを現地で振り返りながら話したくなったのだ。


マチルダも最後の別れ際に見た時と比べて今のリゼリーが如何に幸せの中で暮らせて

いるのかを実感できて胸がいっぱいな思いだった。


終始笑顔で自由にはしゃぐリゼリーはルーナ王国の民が目にしたら、月の女神と

いうよりは歳相応な無邪気で可愛い元気なお姫様だろう。



「マチルダ!このお花がね、よく香水とかに使われているんだって。あっちの花は

染色に便利なんだって。」


「よくご存知でありますね。それもクラウス殿下が教えてくださったのですか。」


「うん!そうなの。クラウスは本当に凄いのよ。いろんなことを知っていて、皆の

ことをよく思っていて優しいし……とっても、美しい人なの。」



なかなか会えないクラウスのことを思い出すといつも胸が苦しくなる。


同じ王宮にいるのに、彼は自分の為にいつだって頑張ってくれているのに、何も

してあげられないことに無力さを感じずにはいられない。



「姫さま。姫さまは十分にクラウス殿下のお役に立てておりますよ。」


「え……?」



リゼリーの心の内を察したように語るマチルダへ振り返れば、彼女は穏やかな口調

そのままに言葉を続けた。



「クラウス殿下と二人でお話した時に伺ったのです。姫さまとの馴れ初めを。

その時に殿下は、姫さまが傍にいて寄り添ってくれればそれだけでご自分の力に

なれると仰って下さいました。」


「そ、そんな話をしたの……?」


「はい。多くの方はクラウス殿下を恐れ敬うと聞きますが、実際にああして語れば

とても好い方だと理解できます。特に姫さまの話をされている時が一番穏やかに

されているかと。」


「そう……かな。なんだか、恥ずかしいな……。」



両手で上気していく頬を覆って小さく俯くと、マチルダの笑う声が聞こえた。



「それでも何か示したいと姫さまがお思いなら、祈りなさい。姫さまの切な祈りは

月の女神の祈り。きっとクラウス殿下に届きましょう。」


「うん。ありがとう、マチルダ。」



談笑しながらしばらく歩くと、庭園の東屋に見慣れない少年を見つけてリゼリーは

誰だろうと小首を傾げる。


少年はこちらの姿を認めると光輝きそうなくらいの笑顔になってぱっと立ち上がり

とてとてと可愛らしく近寄って来た。



「マチルダばっちゃん!三日ぶり!」


「おや……貴方はテルミオ様ではございませんか。その節はお世話になりました。」


「ううん!僕こそ匿ってもらって助かったよ。えーと……こちらの女性は?」



マチルダにテルミオと呼ばれた少年は人懐こいような仕草でリゼリーを見上げ、

興味津々といった感じで尋ねてくる。



「教会でお話した、ルーナ王国の月の女神様ですよ。私たちの希望です。」


「ああ!リゼリー様!……ふーん?」


「は、はいっ!リゼリーです。よろしく、お願いします。」



慌ててお辞儀をするとテルミオの方も倣って姿勢を正し、先程の少年らしさは姿を

隠して高貴な貴族然とした挨拶を返す。


その雰囲気と黄金色に輝く髪の色からリゼリーの知っている誰かを連想させた。



「アルメン公爵の子息テルミオと申します。リゼリー王女殿下にお会いできるとは

光栄の至りにございます。」



ふわりと甘く笑いかけるテルミオにリゼリーは緊張して何から話せばいいのか

わからず戸惑っていると、彼は慣れていない様子を察したらしく元の少年らしさを

取り戻して口を開く。



「リゼリー様、こういうの苦手なんだ?」


「あ……ご、ごめんなさい。人と関わることが無い期間が長かったから……その、

テルミオ様の気を悪くしてしまったのなら……」


「ううん。全然。僕は兄様と同じく堅苦しいの嫌いだから気にしないよ。あと、

僕のことは呼び捨てね。リゼリー様の方が立場は上だから。」


「で、でも……初対面でそんな」


「まあまあ。練習だと思って。早いうちに慣れておかないと、いざいざ王妃様に

なったときに苦労するのはリゼリー様だよ?」


「えっ?」


「殿下と結婚するんでしょ?いいなー。そうしたら僕は使者なんて辞めて未来の

王妃様の従者にでも志願しようかな。あー……でも、殿下に叱られそう。」



テルミオの言葉についていけないリゼリーの思考はパニックを起こして熱を噴き出し

そうになる。


確かにお互いに告白し合って両想いとはなったけれど、だからといって正式に婚約へ

話が運んだわけではないし自分にはまだその覚悟が無い。


何度も繰り返し転生して見てきた過酷な現実を知っているだけに、好きという気持ち

一つだけで国が動かせるとは思っていないのだ。



「ま、待ってください。私、確かにクラウスのことは好きだけど、王妃になるなんて

まだ……考えられません。婚約だってしてないし……」


「リゼリー様が殿下を愛してくれる心があるなら大丈夫だよ。婚約はまあー……今は

まだ落ち着かないから仕方ないとして、それまでにリゼリー様にはもっと前向きな

積極性を鍛えてもらわないとだね。」


「前向きな積極性……?」


「時期に殿下は戦場へ赴くことになる。多分、リゼリー様の為に戦うんだ。ご自分の

希望する未来を手にするために想いを貫くために。」


「クラウスが、戦場に?一体どこの?」


「それは僕からは言えないかな。でも、リゼリー様には殿下のその想いに是非とも

応えてもらいたいな。だから」


「――……もらったぁ!」



言いかけたテルミオの背後にある草陰から一人の男が刃物を構えて飛び出し、襲って

くるその姿にリゼリーは短い悲鳴を上げた。


咄嗟に身を小さくしてしまったがテルミオはどうなったかと閉じてしまった瞳を

すぐに開けば力無く倒れた男が視界に入る。



「あーあ。全く、空気が読めない奴って本当嫌い。」



一瞬で殺気を纏って男をねじ伏せてしまった彼は全くの別人のようで、リゼリーは

心配の言葉よりも先に息を呑んでしまった。



「テルミオ様っ!お怪我は……!」


「無いよ。伊達に西の使者やってないから大丈夫。僕なんかよりもリゼリー様と

マチルダばっちゃんは平気?」


「大丈夫ですよ。どうやら、外は鼠が忍び込んでしまえるみたいですね。姫さま、

中へ戻りましょう。」


「その方がいいね。王宮なかまで送るよ。」



にっこりと笑ってテルミオはリゼリーとマチルダが王宮内に無事戻ったことを確認

してから先程の男を引き摺って地下牢へと向かう。


牢へと向かう彼の表情は穏やかであっても、その目は全く笑っていなかった。

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