#34


招集した議会は様々な方向から意見同士がぶつかり合い数日に渡って討論された末、

グランウッドは表向きには西からの侵攻や圧力を防ぐ為にいつでも兵を動かせる

状態にしておき、中継点であるルーナ王国との交信はクラウスが主導となること。


国の代表として彼らを説得して同盟ないしは一時的にでも協定を結ぶことで支援する

大義名分を得て、本格的な戦争となった場合の最前線の指揮は父王が執る。


何とかしてルーナ王国への支援の可決を取るのに苦悩したクラウスは休む間も無く

次の行動へ移らなければならない。


また数日間、リゼリーと二人で過ごせる時間がお預けになることを心の中だけで

嘆きつつも苦手な執務に勤しんだ後は軍部へ顔を出す。


鍛練に励む兵士たちを労い各小隊の隊長を集めて今度は軍の会議。


いざいざ本戦に入るとなれば気候や土地勘などの情報を常に共有しておく他にも

敵陣営の得意としている戦法やその対策も練らなければならない。


そこでまとまった案件は父王に報告してよくよく吟味され、訂正や追加などがあれば

それらを含めて再び軍事会議が開かれる。


あっという間に過ぎた一週間と数日。


任務に出した軍友とテルミオの帰還の報せを受けたクラウスは二人を執務室へと

呼んで話を聞く。



「戻ってすぐで悪いが少しでも早く情報を得たい。まず、テルミオから西の情勢を

聞きたい。」


「はいはーい!西は相変わらず血気盛んだよ。武器の調達、徴兵の数、備蓄の量…

それから兵士間の会話と上層部の企て。詳細はこの報告書に全部まとめた通り。」



受け取った書類にさらりと目を通せば事細かに記載された数字の羅列に一言一句も

曖昧さを感じさせない彼らの会話内容から現段階での計画内容。


テルミオの隠密能力の高さと記憶力の良さは本当に目を瞠るものがある。


そして本命ともいえよう薄いピンクがかった色の液体が入ったガラスの小瓶を懐から

出して、彼はクラウスへと差し出した。



「…これがその『毒』とやらか。」


「そうだよ。西はこれを量産して武器全てに仕込んだり霧散させて相手の感覚を

麻痺させるんだ。少量で身体が痺れて行動不能、多量でショック死。」


「解毒薬は。」


「僕の探った感じだと西には無いね。あそこで採れたりできるモノじゃないみたいで

輸入してるみたいだよ。で、運んできた商人は全員メッタ刺しで即処分。」



にこにこと報告するテルミオの傍ら、軍友は冷や汗をかきながら苦笑している様子に

哀れと思ってクラウスは『後でまた確認する』と話を切る。


続いて軍友の方へ視線だけで促すと彼は一つだけこくりと頷いて応えた。



「殿下のお探しの方は無事に見つかりました。保護する旨とリゼリー様のことを

お話したら是非と。今は客間で休んでおられます。」


「そうか…助かった。ありがとう。」


「あーっ!セージだけずるい!殿下!僕も頑張った!」


「そうだな。テルミオもよく、危険な任務を終えて戻って来た。お前のおかげで

だいぶこちらの犠牲は減らせそうだ。」



淡く笑んで褒めながらそっとテルミオの頭を撫でてやれば、彼は至極嬉しそうに

顔を綻ばせて喜ぶ。


傍から見れば上司と部下というよりは兄弟の方がしっくりくるようなやり取りに

軍友は慣れた光景にほっこりするが、良く思わない人間が一人。



「クラウス!あまりこいつを甘やかさないでくれ!調子に乗るだろ!」


「……あのな。部下の功績を褒めるのも上司としての俺の仕事だが。」



テルミオを褒めると決まって不満全開で横槍を入れてくるのが彼の兄ジャック。


お前は主人を取られて焼きもち妬く犬か。と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、素直に

甘えてくるテルミオは本当に自分の弟のように可愛く思う。


クラウスが軍で伸び悩んでいた彼を見つけて他の道を示してやってからテルミオは

あっという間に別の能力を開花させて、そしてこうして自分に褒められることを

何よりの楽しみにするようになった。


反対に、叱ってばかりのジャックのことは大嫌いのようだ。


ちなみに軍友のセージは親友というポジションらしいが誰が見ても保護者とその

庇護下にいる子供のようにしか解釈できない。



「兄様が妬いてやんのー。やーいやーい、殿下に褒めてもらいたかったら目に見える

結果を出しなよなー。」


「くっ…この…!」


「はいはい。テルミオ様、あまりジャック様の機嫌を損ねないでください。殿下。

悪化しそうなので私たちは先に失礼しますね。」


「ああ…頼む。いつもすまないな。」


「いえいえ。殿下の苦労はお察しします。」



では。と丁寧に一礼して去る軍友と上機嫌に手を振って執務室を後にするテルミオの

二人を見送り、クラウスは膨れっ面の従者をどうするか考えた。


主人と従者という関係ではあるものの実質、年齢的なことだけで見るなら自分より

ジャックの方が実は二つも年上である。


そしてこの年上は今、恐らく『自分は滅多に褒められない!』と拗ねている。


クラウスには従者の機嫌を取っている時間も余裕も無いのだけれど、彼がうまく

機能してくれないのはそれはそれで面倒で困る。


やれやれ。と頭が痛くなってくるのを堪え、ぽふんっと無造作にジャックの頭に

手を置いて形だけ作って。



「ジャック。俺はいつだってお前に感謝しているつもりだ。その…いちいち言葉に

しないと、駄目なのか…?」



わざと斜めに視線を反らして言えばジャックは即座に反応する。



「クラウス…あ、いや。オレは、別に…」



膨れっ面から一転して戸惑う様子にしめたと思って視線を戻しトドメを刺す。



「いつも助かっている。ありがとう。」


「―――…~~っ」



ああ。本当にこの従者はちょろいのに変なところで面倒で手の掛かる。


だが手の掛かる部下ほど可愛いものは無いと、誰かが言っていた気がするのも

わからなくはないとクラウスはぼんやりと思った。

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