#33
「そうか西が動くか。…して、使者は誰を送っていたか。」
謁見の間にてクラウスは父王に先程の報せを報告し、それを聞いた目の前の王は
玉座でゆったりと考えを巡らせている。
「アルメン公爵の子息テルミオが向かっている。」
「ああ…そうだったか。アルメンの息子なら、あの荒んだ環境でもしぶとく耐え忍ぶ
ことが出来るだろうな。あれの家系は前線ではイマイチな割に渡りが上手い。」
納得したように何度か頷いてからこちらに寄越した視線は。
「クラウス。お前ならどう出る。」
いつもの、王としての答えを下す前に自分へ問う言葉。
「既に手は打ってある。もう二、三日もすればテルミオは中継にあるルーナ王国に
入り身を潜める手筈になっている。…西の『毒』を持ってな。」
「ほう。あれを手に入れろと言ったのか。随分と酷なことを命じたものだ。」
「俺とて不可能を前提には頼まない。大事な部下を失ってまで戦争狂の裏を取ろう
とは思わん。」
「だが確率としてはどうだ。見つかれば永遠に戻らんぞ?」
「父上。俺は貴方の息子だ。」
「ふっ…よく言う。」
父王は満足げに笑って、そしてゆっくりと玉座から立ち上がる。
クラウスのすぐ近くまで歩いて来て見せたその表情は既に戦好きな王の顔だったが、
話したいことは戦争以外にもある。
「…恐らく西とルーナ王国との戦争は避けられん。いつまで経っても中立から考えを
動かさない奴の出す答えなど、聞かずとも容易に想像できる。求められなければ私は
手を出さんが……お前は違うのだろう。」
「俺は戦争なんて大嫌いだ。だが、守るべき者の為に戦うことは厭わない。父上、
貴方の力を知恵を貸してほしい。」
「いいだろう。元からそのつもりだ。して、議会を開くのだったな。」
「ジャックに招集を頼んである。もう集まっているはずだ。」
「既に場も整っている、か。はっはっは!」
高笑いしながら上機嫌に自分の横を過ぎて行く父王は謁見の間を後にする間際、
やはり挑戦的にクラウスを試してくる。
「せいぜい、うまくやってみせろ。」
「ああ…当然だ。」
クラウスは会議室へ向かう前にテルミオへ宛てた次の予定を示す手紙を暇していた
軍友の一人に託し、更に言葉を乗せた。
『とある人物を探して、可能であれば連れて来てほしい』と。
別にその人物の特徴などを記したメモを渡せば軍友は快く引き受けてくれる。
「殿下。どうかあまり一人で負いすぎないようにしてくださいね。」
「わかっている。だからこうして、お前たちに頼むんだ。この任務が終わったら
恐らくグランウッドは西との戦の準備に入る。その為にも『彼女』は必要だ。」
「はいはい。殿下がこうやって尽力されるのも、みんな大好きなリゼリー様の為
なんですよね。いやあ、喜ばしいことで」
「早く行け。テルミオが待っているはずだ。」
「あはは…了解です。」
軍友はさっさと踵を返して王と臣下たちの待つ会議室へと去って行くクラウスの
背中を微笑ましく見送り、同じく軍友の相方に任務のことについて言付けしてから
ルーナ王国へと旅立った。
その三日後に現地へ着いた軍友はすっかり様変わりしてしまったルーナ王国内に
ただならぬ殺気を感じながらも宿屋へ向かう。
クラウスとジャック、相方との四人で調査の時に使った宿のある一室。
情報が正しく伝わっていればそこでテルミオと落ち合うことになっている。
部屋の扉を軽くノックしてから小さく声を掛けると、きいっと静かに軋む音を響かせ
開いた先に見えた懐かしい幼い顔。
「お久しぶりです、テルミオ様。殿下から手紙を預かりましたよ。」
「セージ!君が来てくれたんだね!僕、嬉しいな!」
子供っぽく大きな瞳をきらきらと輝かして喜ぶテルミオに歓迎を受けながら部屋に
入れば中は乱闘でもあったかのように荷物が散らかっている。
テルミオ――彼は男性なのだが小柄で比較的小さく、年齢は一応17を過ぎてはいる
のだがどうにも子供感が抜けないままである。
本人曰く容姿含めそれを自らの強みとして敢えてらしく振る舞っているらしいが。
「相変わらず片付けが苦手なんですね。戻られたらジャック様からまたお叱りを
受けてしまいますよ?」
「えーっ?兄様は殿下のお付きで忙しいんでしょ?僕に構ってる暇なんてきっと
無いよ。それよりセージ、殿下はなんて?」
「これが次の指示になります。」
軍友――セージは穏やかな笑顔から少し苦笑に変えながらテルミオに預かった手紙を
差し出して確認を促す。
早速内容を見た彼は『殿下の字ってやっぱり綺麗だな~』などと一人感想を呟きつつ
理解した様子で椅子から立ち上がる。
「よーし!行こう!」
「…どちらへ?」
「お城!潜入して、盗んでくる!」
「情報収集ですね。」
テルミオはジャックと同じ黄金色に輝く柔らかな髪をふわりと揺らして大きく頷き
無邪気に扉へと向かったかと思えばピタリと立ち止まってセージへ振り向く。
「セージは?すぐ帰るの?」
「殿下から別件を頼まれています。それが済んだら戻りますかね。」
「別件…?なになにっ?」
「人探しです。可能であればそのお方を連れ帰るようにと。」
セージが内容をさらりと説明すると『ああ!知ってるよ!』とテルミオは手を叩いて
言葉を続けた。
「毎日、決まった時間に教会に通ってるお婆さん。マチルダさん、って言ったかな。
すぐに行けばまだいるかも!」
行こう!と元気良く駆け出す彼の後を追って、セージはきちんと部屋の鍵を閉めて
宿屋の主人に出掛ける旨を伝えてから見失う前に慌てて駆ける。
商売で賑わう声は以前に来た時と変わらないはずなのに町の重苦しいどこか誰かに
常に監視されているような居心地に使者からの報せは本当なのだと実感せざるを
えない。
しかし――教会に辿り着いてその空気は一変した。
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