#32



「おー…っ…さすがだな!クラウス!」



背後で手を叩いて喜ぶジャックに怒気を孕んだ視線だけで『早く回収しろ』と命じ、

何が起こっているのだとそわそわしているリゼリーに近寄り声をかける。



「…リゼ。もう目を開けても大丈夫だ。」


「うさぎさんの痛そうな声が聞こえたけど…」


「すまない。ジャックのせいで彼らの気が立っていたから気絶させたんだ。切ったり

したわけじゃないから怪我はしていないはず。」


「そ、そうなの…?」



リゼリーはクラウスの横からちらりと気絶して伸びているウサギたちを心配そうに

眺めて、それからもう一度クラウスを見上げた。


特に責められているわけではないのだが、彼女のその行動には何か罪悪感を生み出す

ものがあって非常に居心地が悪い。


どうしたらいいかと頭の片隅で悩み始めた頃、ウサギを手早く回収し終わったらしい

ジャックがやって来た。



「悪い悪い。リゼリーちゃん、クラウスを責めないでくれないか。正直な話、オレ

がクラウスだったとしてもああしたから。」


「でも…」


「心配ねーって。ウチの奴らは丈夫で元気過ぎるから、時々はこうしてお灸を据えて

やらないと大人しくしないんだよなー。」



気になるなら今度、クラウスと様子見に来いよ。と聞き捨てならない台詞をさらりと

言ってのけるジャックにクラウスは半ば殺意を覚えながら、表面上ではリゼリーを

怯えさせない為にもなるべく穏やかさを保つ。


その内心を知ってかジャックはちらりと横目でクラウスの堪える様子を見てから

至極楽しそうに笑った。


その顔は実に腹立たしいが、その笑顔の説得力は十分だったようで心配するリゼリー

の表情は明るくなる。


元はといえばジャックの提案によって起こった結末なのに何故その尻拭いをした

自分が悪いことになってしまうのだろうか。


享受し難い結果にもやもやしつつ、それでも彼女の心を痛めずに済んだことに安心

してクラウスはそっと手を差し出した。



「リゼ。申し訳ないが…そろそろ母上が侍女たちを使って君を探させようとする

だろうから、行ってあげてくれないか。」


「あ…もう、そんな時間なんだ…。」



どこか残念そうな顔をするリゼリーにクラウスも本心を言ってしまえば引き留めて

もう少し二人でゆっくりしたい。


だけどそうさせてくれないのが母であり、未だに減ることを知らない自身の仕事の

山たちである。


とはいえ、戦後の処理は大方済んでいて経過を様子見する段階だし常時発生する

案件のほとんどは臣下たちが片付けてくれる。


クラウスが主に担っているのは周辺国との貿易や同盟国との友好関係の維持や支援、

それから動きや微妙な変化があったと使者から報告を受けた時の対応など。


遠征を得意として各地方の現場を実際に目の当たりにしているからこそ為せる思考と

判断だと、父王から早々に一任されたのだ。



『失敗はしても、間違えるなよ』



任される際に初めて、父と王との二つの顔が混じった声色で念を押されたのを

今でもよく憶えている。


そしてそんな父の言葉を思い出す時はたいてい、何かの瀬戸際に立っている時。



「また時間を作って誘いに行く。だから、待っていてくれないか。」


「うん。でも、私の為にって無理をしないでね。クラウスは大事な人だから。」


「ありがとう。リゼこそ、母上たちにあまり気を遣い過ぎなくて大丈夫だ。君が気を

病んでしまわないか不安になる。」


「や、病むなんてそんな…!とっても楽しく過ごせているの。本当よ。」


「それなら良いんだが…」


「本当の本当に大丈夫。心配してくれてありがとう。お仕事頑張ってねクラウス。」


「ああ。」



リゼリーを母の待つ部屋に送ってから執務室に戻ると、いつでもどこでも上機嫌に

笑って全く思考の読めない従者が珍しく険しい顔をしていた。



「どうした。ウサギを迎えに来た使者に叱られでもしたのか。」


「叱られたけどよ……って、それどころじゃないんだ。」


「と、いうと?」


「お前の読みが当たった。西が、動いたぞ。」



ジャックが差し出してきたのは一通の、西に送った使者からの経過報告書。


グランウッドからルーナ王国を経由しての西の大国までは馬でおよそ一週間ほどの

距離がある為、こうして『動いた』と報せが届いてもそこから現地の状況は既に

変わっている可能性の方が大きい。


だからこそクラウスは各国に使者を送って忍ばせる際に、遠方へ旅立つ者には

それぞれ『あること』を頼んでいる。



「…わかった。やはり、西は情報が回るのが早いな。まさかあの月の女神の誘拐に

西の奴が紛れでもしていたかな…?」


「その可能性は否定しきれないな。信仰者っつっても、パッと見だけじゃあ町の

住人なのか外からの旅人なのか俺らには判断できねーし。」


「では、仮に紛れていたとして。奴が攫った張本人が俺だと判っていた場合。」


「それを餌にルーナ王国を西側につけようとする…もしくは、囮か?」


「両方とも視野に入れた方がいいな。では、ルーナ王国が拒んだ場合。」


「そりゃお前…戦争狂が自分の提案を受け入れなかった所なんて…」


「ああ。愚問だったな。」



金も力もある、人を争わせる事が好きな人間が治める国の王が考えることなど

どこも似たようなものだ。


結局は奪い殺すのなら敢えて遠回りして遊ばずに、逃げる弱者を弄ばずにさっさと

事を済ませてしまえばいいのに多くは悦に浸りたいが為に嬲る。


そこにばかり頭を使う彼らがクラウスは大嫌いだった。


どちらかといえば戦争を好む王としての父も、例外なく。


だから自らに向かってくる敵は容赦なく切り倒していくし、敵味方であろうと平等に

被害に遭うだろう民にここぞとばかりに降りかかる火の粉すら可能な範囲で払う。


それで助けたとしても『仇だ』と恨まれることは当然ながらある。


その時は逃げも隠れもせず、代理を立てることもせず正々堂々と自分が相手をして

やるつもりだ。


全ての人間が拾った命を喜び互いに和解することは絶対に無いと知っているからこそ

クラウスは完璧でない自分なりに手を出した責は負う覚悟を常に持っている。



「ジャック。議会を招集する。俺は父上に謁見して話を通してくるから臣下たちに

通達してくれ。」


「へいへい。あんまご長寿たちと喧嘩すんなよ?」


「問題無い。黙らせる術なら知っている。」


「おお怖っ…」


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