#31



―――今、言わなければ。



そんな決意が窺えるような瞬間だった。


だからクラウスもリゼリーの一拍置いた深呼吸に関しては特に言及しなかったし

次の言葉がとても気になった。



「あ…あのね、昨日クラウスが私に聞いてくれた…気になっていること。それで…

うまく答えられなくて逃げちゃって…ジャックさんが協力してくれたの。」


「…なるほどな。」



ジャックはあくまでリゼリーの背中を押す為に考え行動してくれただけなのだと

真剣に訴える彼女に、クラウスは静かに同意する。


事情はわかったし納得した。


ウサギの襲撃を受けてから落ち着いてきた頭で聞いた話をまとめれば。


つまり、リゼリーは自分の従者の普通でない後押しを受けた勢いを利用して昨日の

クラウスの問いに答えようということになる。


逃げられる間は逃げて目を反らしてしまうのではなく、周りからの助けを得てでも

対象と向き合おうとする懸命なその姿勢。


こんなにも自分へ真っ直ぐで可愛い存在は他にいただろうか。



「昨日は逃げちゃってごめんなさい。ちゃんとお話しなくちゃって思っていたのに、

どうしても…うまく言えなくて。」



でもね。とリゼリーは言葉を続けた。



「今日はちゃんと、逃げないでクラウスとお話したい。」



どこか緊張を隠せない面持ちでそう告げてくれたリゼリーに『無理をするな』と

言いたくなりつつも早く真意を知りたいと思ってしまう自身に内心で苦笑する。


彼女が自ら進んで応えようとしてくれているのだから、クラウスがそれを止める

理由は無い。



「…なら、改めて聞いてもいいか。」



確認するように尋ねればリゼリーはこくりと一つだけ頷いた。



「あの時にリゼが言っていたあの言葉は…リゼが俺を好きだというのは、そのまま

素直に受け取ってもいいのか?」



ゆっくりと慎重に気持ちを探るように言葉を紡ぐと、彼女は緩く視線を反らしてから

再び戻して口を開く。



「…うん。私、クラウスが好きだよ。多分…貴方と初めて会ったあの夜からずっと、

そうだったと思う。」



言い切って、リゼリーは恥ずかしくなったのか俯いてしまった。


他の誰の邪魔も入らない二人だけの空間で聞くことのできた彼女からの告白。


聞いてしまった以上、自分も答えないわけにはいかない。


自分だってリゼリーのことが好きなのだから。



「ああ…俺も、リゼが好きだ。愛している。」



はにかむように柔らかく笑んで応えた直後、俯いていたリゼリーは驚いたふうに

顔を上げてこちらを凝視してきた。


それから数回ほど目を瞬いて一気に赤面する。



「え…っあ、ぅと……そ…の…」


「本来ならもっと雰囲気のある場を用意した上で伝えることなのだろうが…悪い。

俺も俺の従者も、そういった所が疎くてな。事が落ち着いたらまた改めてきちんと

君に伝えたい。」


「……は…はい…」


「だからリゼ。その時は変わらずにまた答えてくれると嬉しい。」



緊張がピークに達してしまったのかうまく言葉にできず、それでも何かしら返答

しなければと頷いてくれたリゼリー。


どんな時でもそうやって自分に応えてくれる彼女だから、クラウスもその気持ちを

違うことが無いように、誓う意を込めてリゼリーの手を取り恭しく甲へ優しく

口づけた。



それから二人はこのちょっとした騒動に協力してくれたウサギをあのまま中庭に

放置は出来ないと様子を見に行くと、回収に大変手間取っているジャックの姿を

発見して互いに苦笑する。


彼はクラウスが先日目撃した方法に加え、大好物のニンジンを手にウサギに蹴り

倒されながら死闘を繰り広げていた。



「お前らな!クラウスにはあんなに懐くくせに!オレはご主人様だぞっ!」



大人気なく一人で騒ぐ従者がこれまた他の臣下の耳に入ったらたまらないと内心で

盛大なため息を吐きながら、クラウスは仕方なしに中庭へ踏み込む。



「…ジャック。頼むから大声だけは出さないでくれ。」


「クラウス!!…あ、リゼリーちゃんも。その様子だとうまくいったんだな!」


「お前には後でたくさん言いたいことがある。それよりも、ウサギを集めるのに

なんでそこまでボロボロにやられているんだ。」


「お前なー…知ってんだろ。オレはお前と違って身体能力は見習い騎士に劣るほど

弱小なんだぞ。それに対して奴らはオレが見込んで編成した超ベテランの精鋭部隊

組んでるんだからな!」



自分よりも遥かに小さくか弱いはずの動物に返り討ちにされているにも関わらず、

ジャックは自身の子供たちを自慢するかのように鼻高々と語る。



「……お前に貴族の、いや、人としての誇りは無いのか…?」


「誇り云々言ってたら、この戦場では生き残れないぜ。とにかくだ。クラウス!

なんとかしてくれ!」


「………はあ…」



クラウスは頭が痛くなるのを堪えて意識を殺気立ってるウサギへと向ける。


ジャックが散々に騒いで刺激してしまった為、彼らは草陰からこちらの出方を見て

待機しているようだった。


こんな時、クラウスはいつも時間を掛けてなだめてやるのだが場所も数も悪い。



「…リゼ。少し、目を瞑っていてはくれないか。」


「う…うん…?」



こてん。と可愛らしく首を傾げた後に素直に従って目を瞑るリゼリーに少しだけ

癒されてから、クラウスは剣を鞘から抜かずに構えてウサギを挑発する。



「さて。こちらは時間に余裕が無いんだ。さっさと済ませよう。」



堂々とウサギたちの包囲網に入れば連携の取れた小さな精鋭たちは飛び出して来て

こちらの死角を作ろうとしてくる。


しかし所詮は小動物。


彼らの限られた小さな脳で張れる知略など、人の足元にも及ばないのだ。


クラウスはわざと前方に迫るウサギに集中している素振りを見せて、小一時間ほど

前にしてやられた背後からの攻撃をたやすく避ける。


それに予測していなかったらしいウサギたちは次の行動に遅れ、その隙を逃さず

一気に剣で畳み込んだ。


鞘での攻撃なので勿論、彼らは失神はしても目立った外傷はつかない。

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