#27
リゼリーをグランウッドに連れ帰ってから早一週間。
クラウスは自分が空けていた間に溜まった政務と戦後の処理とに追われて忙殺され、
彼女と二人でゆっくり過ごすどころか会うことすらまともに出来なかった。
馬で駆けて行かなくとも、少し足を伸ばせば会える距離にリゼリーがいるのに減る
よりも地味に増える仕事が大きな壁となって立ち塞がる。
やっとのことで一区切りついた頃にはだいたい深夜近くを迎えているのだ。
不満を吐露したい気持ちは山々なのだが、悪いことばかりでもないのも事実。
こうして真面目に勤しんでいる間、他国へ使いに出した使者から定期的に情報が
回って来てそれを即座に確認できる。
内容によっては国王へ進言して指示をもらったりもするのだが、大抵は自分の判断で
処理して事後報告だけで済んでしまう。
もちろん、使者からの情報でクラウスが一番に気にしているのはルーナ王国のその後
の動きで、儀式によって殺めようとした月の女神が信仰者に攫われてからどのような
捜索をしているのか。
リゼリーが大きな祈りを持って死することで国の守りは確実となる。
それを失ったとなれば、彼らは取り戻すべく血眼になって彼女を探し捕らえるはず。
クラウス自身の密かな希望としては探すその理由に、少しでも実の娘を心配する
親の心が含まれていればと思うが…恐らく無いのだろう。
わかっていても。リゼリーもまた、国や両親、妹のことを心配する。
アニエスは別として、彼女の両親…ルーナ王国国王夫妻に改心の余地が見受けられ
なければクラウスとしてはリゼリーを返すつもりは一切ない。
仮にルーナ王国が滅びの一途を辿ろうとも。
リゼリーが国の危機に心を痛め、帰りたいと望んでも。
彼女を我が物顔で平気で傷つけられる人間の傍には置いておけない。
「――『大規模な信仰者狩り』か…。あの平和な国風はどこへやら、だな。」
使者からの報せを眺めながら、ため息を一つ。
その様子をクラウスの近くで見ていたジャックは苦笑を漏らす。
「こっちでは、王妃様によるリゼリーちゃん狩りが流行ってるぜ。」
「……はあ。」
母には裏で個人的に、くれぐれもリゼリーを振り回したり余計なことを教えない
ように口酸っぱく言ったつもりなのだが、効果はとても寂しいもので。
クラウスが仕事に忙殺されているのをいいことに『一人じゃかわいそうでしょう!』
と主張して、彼女を王妃主催の茶会に招いたり下手な変装をして街へ繰り出したり、
終いには王妃教育なんてものを始めてしまう。
本人としては息子の助けとなり背を押してくれているつもりなのだろうが、自分的
にはペースを乱されて迷惑しているのと、リゼリーが困っているのではないかと
気が気でない。
「そんなに心配だったら、会いに行ってくればいいじゃないか。」
「会いたいが…まだ、仕事が残っている。」
「んなもん、オレがまとめといてやるって。お前さ…ここんとこ、ずっと詰め込んで
ただろ?たまには羽を伸ばした方が効率は上がるから。」
「しかし。」
「はいはい!リゼリーちゃんに集中できる時間を作りたいって気持ちはよーく解る
が、焦って事を仕損じれば本末転倒だぞ?」
ジャックに語ったつもりはないのに図星を突かれてどきりとする。
反論に詰まったクラウスの様子から、自分の予想が当たったらしいジャックはニヤリ
と笑って主人を椅子から引っ張り上げ、執務室の扉を開けてその背を押し出した。
「ジャック…!」
「こういう時に従者を使わないでどうすんだよ。リゼリーちゃんだって、クラウスに
会いたいと思ってるかもしれないだろ。」
「そ、それは…」
「仕事に真面目過ぎるお前はサボってるかもなーって思うくらいが丁度いいんだ。
行けって。今の時間なら、王妃様は公務だろうし…リゼリーちゃん、部屋にいる
かもな。」
頑張れ。と改めて満面の笑顔でジャックに背を叩かれ、クラウスは即座に閉められた
扉に向かって苦笑した。
半ば強引に従者が作り出した空き時間に戸惑う気持ちと、やっとリゼリーに会いに
行ける嬉しい気持ちとが混ざって複雑な心境のまま、自然と向かう足はやはり彼女が
いるだろう部屋。
心なしか緊張してしまうのは久しぶりだからだろうか。
近づくにつれて静かに増していく鼓動の回数に比例して、彼女に会えることの期待も
増していく。
たどり着いた部屋の扉の前で軽くノックをすれば中から元気な返事がした。
ドアノブに手を掛けてゆっくり開いて中に入れば、一週間前とは変わらないはず
なのにより美しさと可愛さに磨きがかかったリゼリーの姿が目に入る。
数舜固まった後、はっと現実に戻って来て変な間を取り繕うとしたけれどそれは
リゼリーの方も同じだったようで、お互いに吹き出す。
先程までの緊張は嘘のように吹き飛んで、残ったのは彼女を愛しいと思う穏やかな
気持ちだけ。
「はは…っ…悪い。リゼに会うのが久しぶり過ぎて、緊張してしまった。」
「ううん。私も、侍女さんかと思ったらクラウスが来たから驚いちゃった。」
リゼリーは座っていた椅子から立ち上がってクラウスに近寄ると、ふわりと笑って
嬉しそうに見上げてきた。
最後に見たのが泣き顔だっただけに、再会の初っ端から笑顔で迎えられると言葉で
表しにくい喜びがふつふつと沸き起こる。
「不便はしていなかったか。その…母が君を振り回してしまってすまない。」
「大丈夫。クラウスのお母様は何も知らない私に、たくさん教えてくれて親切に
してくれてるよ。寧ろ感謝しないとって思っているわ。」
「そうか…。リゼがそれでいいと言うなら、いいんだ。でも、大変だったり辛いと
思うことがあればすぐに俺に言ってほしい。我慢はしないでくれ。」
「ありがとう、クラウス。本当に大丈夫だから。」
にこにこと笑顔を崩さないで答えるリゼリーは、ふと何かを思い出したように
『あ。でもね』と言葉を続けた。
「えっと…クラウスにずっと会えなかったのは…寂しかった、かな…。」
わざとなのかそうじゃないのか、合わせていた視線をふいと反らしてからもう一度
こちらを覗き見るような仕草をするリゼリーに穏やかだった心は射貫かれる。
そんな仕草と言われ方をしてしまったら『仕事が立て込んでいた』などと、どんなに
正論であっても言えるものか。
「寂しい思いをさせて悪かった。お詫びにこれから、庭園にでも行かないか。」
「…うん!行きたいな。」
ぱっと花が咲くような笑顔へ変わったことに安堵しつつ、クラウスはリゼリーの
手を優しく引いて庭園へと向かった。
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