#26


あの後、リゼリーが泣き疲れて眠ってしまったためクラウスは結局のところ、彼女の

『好き』発言について尋ねることができなかった。


それでも…語ってもらえなければ絶対に知ることができない記憶に関しての秘密を

教えてもらえる程には、リゼリーは自分へ信頼を寄せてくれている。


確実に少しずつでも関係が進歩しているから嬉しさを隠せない。


再び感じた、ふわふわとした感覚に頬が緩みそうになるがクラウスにはまだ先の

戦争の後始末が残っていた。


それらをさっさと片付けて、いつでもリゼリーのことに集中できるようにして

おかなければ。


執務室へ戻る道すがら…クラウスは廊下から臨める中庭に差し込む綺麗な夕日の中に

明らかに不釣り合いなものがあって苦笑する。



「…そこで、何をしているんだ。ジャック。」



一人地面に伏して、少し離れた場所にある…小さな箱を眺めているジャック。


帰って来て早々に意味不明な行動を取っている従者をそのままにしておくのは、

臣下の誰かに目撃された場合に主人であるクラウスへ苦情が来る。


実際、過去に何度かもらってその度に『従者を考え直しては』とお決まりの台詞の

ように吐いていかれては、その臣下の兄弟やら息子やらを紹介されるのだ。


今更変えるなんて面倒だとクラウスはそれら全て突き放して、ジャックにもう少し

普通にしてはいられないのかと叱ること数知れず。


そして最近は、遂に彼を叱ることを諦めた。


どうあっても自分の従者は世間一般でいう『普通』になれないようなのだ。



「しーっ…クラウス、もう少し待ってくれ。いいとこなんだ。」



ジャックはクラウスに向かって小声で制止しながら、視線は懸命に箱のある一点を

見つめ続けている。


直後。ガサリと箱が大きく揺れたのを見届けて彼はそれに飛びついた。


しばらくもぞもぞと奇怪な動きをした後、こちらを満面の笑みで振り返り。



「やった!やっと捕まえた!やったぜ!クラウス!」


「あ…ああ…。良かったな。」



まず一体何があってあのような状態になったのかの説明が欲しいところではあるが、

純粋に心から歓喜しているジャックのその喜びに水を差すのもどうかと思い、

ひとまずは同調してやる。


そして気は乗らないが話に乗ってやると、ほとんどの場合教えてくれる。



「なあなあ聞いてくれよー。オレさ、こっちに戻って来てからすぐにいいことを

思いついて…こいつを取りに行ったんだよ。」



閉じた箱の蓋が開かれると、中から一羽の丸々と肥えたウサギが顔を出した。


それを見てクラウスの頭には半分くらい予想がつく。



「お前が連れて帰った…えっと…リゼッタちゃん?」


「リゼリーだ。」


「そう!その子!リゼリーちゃんに食わせてやったら元気出るだろうなーって、

思ったんだ。それで連れて来たのはいいんだけどさ…」


「逃げられたんだな?」


「あはは…。厨房に持ってこうとしたら物凄い勢いで消えたんだよ。」


「はあ…。」



ウサギは大きな瞳をキラキラと輝かせてクラウスをひたすらに見上げている。


これが突如として逃げ出したのも、こうして自分に対して何かを期待したように

見つめてくるのも心当たりはあるが…あまり気分のいいものではない。


クラウスは箱からウサギを出して優しく抱え、少し予定を変更して執務室から

厨房へと方向転換する。



「仕方ない。お前が持って行ったところで、またコイツは逃げ出すだろう。俺が

料理長に頼んでおくから、ジャックは先に執務室へ行ってくれ。」


「悪いな。出来るだけ新鮮なのがいいから絞められなくってさ。」


「ああ、わかってる。気を遣ってくれてありがとうな。」



ジャックに礼を言ってから来た道を少し戻って厨房へと歩を進める。


その間に通り過ぎた侍女たちの、驚いたような視線が嫌に痛く刺さってきたのは

言うまでも無く…可能な限り無心を貫いて料理長へと託してきた。


そこから執務室へ戻る道中、クラウスは今更ながら改めて考えた。



―――自分はどうして、一番初めにジャックを従者に選んだんだ、と。


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