#24


一方、王妃に連れ去られたリゼリーは侍女の手を借りて身体を綺麗に湯で洗い流され

急ぎで仕立て直されたドレスに身を包んだ。


全体的に真っ白な彼女に合わせた、淡いピンクの地を基調に深緑のリボンを丁寧に

あしらった控えめで可憐なもの。



「うーん…少し、インパクトが弱いかしら。」


「あ…あの…王妃様。私、こんなに素敵なドレスは…」


「あらやだ。私のことは『お母様』と言いなさい。」


「え?で、でも…」


「あの子が貴女を見初めたから、連れて来られたんでしょう?事情はどうであれ、

近い将来一緒になるんだったら今でも同じよ。」


「み、見初め…将来、一緒に…?」



自信満々に言い切った王妃に対してリゼリーは顔を真っ赤に染めた。


クラウスは『俺の為に生きてくれ』と言ってくれたが、それは生きることを諦めて

いた自分の心を動かし本当のことが言えるよう導いてくれた言葉だと思っていた。


まさか別にそんな意味が含まれていたなどとは。


今更、『知らずに答えてしまいました』と訂正することなど、とてもじゃないが

できない。


リゼリーとしても、クラウスに好意を持っていることはアニエスに見破られてしまう

くらいには自覚しているつもりだ。


それでも、次期に国を背負う彼が寄せてくれる好意とは覚悟の差が違いすぎる。


クラウスは自分の身の危険も顧みずに、迎えに来てくれたのだから。



「王妃様…やっぱり、だめです。私には、そんな覚悟がありません。」


「どうして?何が不安なのかしら。私から見ても貴女はとっても可愛いし、他から

来るような立場や財産狙いの子じゃなさそうだし、なにより…あの子のことをよく

見ていてくれそう。」


「お褒め頂いて嬉しいです。ですが…クラウスは次の王様になる人だから…教養も

後ろ盾も無い私が隣に立っていいとは、思えないんです。」


「なるほどなるほど。で?」


「…で?」


「貴女の不安はわかったわ。それで。貴女はクラウスのことが好き?」


「す…っ…ええと…あの…っ」



じっと本心を探るように見つめられて、リゼリーは視線を外せないまま焦った。


ただ単純に好きか嫌いかだけを問われているのなら、間違いなく『好き』。


しかし話の流れと王妃からの確認するかのような問い掛けは、もっと複雑で慎重に

答えなくてはならないものに感じる。


迷いに迷って返事ができないでいると催促するかの如く王妃が怪しく笑んだ。



「…じゃあ、貴女の名前を教えてくれるかしら。」


「え…?あ、はい。私はリゼリーといいます。」


「うふふ。名前も可愛いのね。じゃあリゼリー。貴女、男性経験はあるのかしら?

今までどんな異性に惹かれた?どう言い寄られることに胸が弾んだ?」


「へっ…?!あ、あのっ?」


「息子の努力が足りないことはよっっくわかっているわ。だってあの子、今の今まで

すこっしも女性に手を出さないし、口説こうともしないのよ!もう…母の目から見て

不能なのかと心配になってしまうくらい。それにね」


「―――…母上!」



乱暴に部屋の扉が開かれ、衝撃で鳴った音にリゼリーはびっくりして飛び上がるが

王妃は至って残念そうに眉を下げてクラウスの方へ顔を向けていた。


遅れてリゼリーも彼の方へ視線を移動すれば、彼の頬がほのかに赤みを差している

ことに気がいったが、もしかしたら急いで来てくれたのかもしれないと思って特に

深くは考えなかった。



「残念。思っていたより早く終わってしまったのね。せっかく貴方について私が

事前にリゼリーへよくよく教えてあげようとしていたのに。」


「…それは大変、申し訳ありませんでした。が、その必要はありません。」


「やあね。畏まったように話しちゃって。リゼリー、あれはあの子の照れ隠しよ。

普段はあんなに丁寧じゃないし、反抗的なのよ。」


「は…はい…?」


「やめてください。リゼが困っているでしょう。」


「うふふ。変なことを語ってほしくなくて、一番に困っているのは貴方でしょう?

今まで散々…危ない橋を渡ってきたものねぇ…?」


「母上であろうと、それ以上は本当に怒りますよ。」



親子喧嘩が勃発しそうな空気にリゼリーはどうしたらと頭を悩ませる。


自分にまだ『家族』と呼べる存在がいた頃、やはり親子で喧嘩騒ぎになったことは

ままあった。


その内容も様々で互いの曲げられない信念やら価値観で、とても簡単に治まるような

ことではなかった。


今回に関しては、クラウスの母である王妃が息子の素性を本人の意思に関係無く暴露

しようとしているのが原因で、そもそものそうなった発端は自分が王妃の『息子が

好きか』という問いに対して答えられなかったこと。


その流れを知らないクラウスが怒るのは無理もないし、問いに答えられないのは

自分が彼のことをよく知らず息子の努力が足りないせいだと王妃が勘違いしてしまう

のも仕方ない。


だとするなら、この喧嘩が発展しないよう防ぐには。



「…お……お母様…!」



リゼリーは勇気を出して二人の意識をこちらに向けるよう声を張り上げた。


どうしたのかしら。とどこか嬉しそうな顔をしつつ急な変化に少し心配そうにする

王妃と、何故自分の母がリゼリーに『お母様』と呼ばれているのか理解し難いと

いったふうに微妙な顔をしたクラウス。


衝突しそうだった二人の視線が一気に集まって緊張する。


それでも、言わなければ。



「わ…私、覚悟とか…色々、足りないけど!それでも…それでも!クラウスのこと、

好きです…!」



言った。言ってしまった。


もう、後には引き下がれない。



リゼリーの大胆な告白には絶大な威力があったらしく、先程までのピリピリとした

空気はどこへやら…王妃は作戦通りといったように誇らしく笑み、クラウスは石像の

ようにその場に固まってしまった。


そんな二人の様子に気づくこともなくリゼリーは一人、頭の中でただひたすらに

大きなことを言ってしまった恥ずかしさに耐えていた。

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