#23



「はっはっは!我が息子ながら、派手にやったようじゃないか!」



クラウスから報告を受けた国王…もとい父は豪快に笑ってとても愉快そうに顔を

歪めてから、すぐに真剣な眼差しを寄越して問う。



「…さて。次はどう動く。交渉に移るか?剣を交えるか?」



昏い笑いが聞こえてきそうな提案の仕方にクラウスは緩く首を振って否定する。


夜の深まった時間に庭園には月明りしかない状態で、その明かりを背に対峙していた

のだからルーナ王国国王たちに、自分たちの正体はバレていないはず。


交わした言葉にも気取られた様子は無かったし、何より彼らの司祭はクラウスを

信仰者だと都合の良い方向へ勘違いして口走ってくれた。


信頼関係のある人間からそう聞いて続いて誤認しない者はそうそういないだろう。


正確に認知されていないとなれば、こちらからわざわざ火種に火を付けに行く必要は

無いわけで、自分も父と同じく無駄な争いは好まない。



「しばらく、様子を見ようかと思っている。」


「ほう?」


「俺たちの正体は恐らく見破られていない。向こうの司祭は俺を信仰者だと完全に

見誤っていたしな。…それなら、自分の首を差し出すようなことをする必要は無い

だろう。」


「では、様子を見ている間に疑いをかけられたらどうするつもりだ?」


「確かにその可能性はあるな…。」



父はその経験から、クラウスにいつも多くの可能性を問うてくる。


一つの予定している言動に対して『してはならない』『こうするべきだ』と否定や

提案を先に出すのではなく、『実行した先に何が起こるか』を予測してその万が一

起こってしまった事態にどう対処するかを考えさせる。


たとえその物事への最適解が既にあろうとも答えは出さず、己の力で辿り着くことを

優先して種明かしをしてくれる。


だからクラウスは戦争好きな国王はあまり好かなくても、一人の人間として自分の

父としては尊敬するし結構好きなのだ。



「その時は包み隠さず事実を話そう。俺が単身、ルーナ王国国王に交渉を持ち掛け

和解へ繋がる道を探る。もしも破談となって俺の身が危うくなるなら…」



クラウスは思案して反らしていた視線をちらりと父に向けて続ける。



「父上は…俺を馬鹿息子と言って、笑ってくれるか。」



はにかむように笑って言えば、父はやれやれ。といった様子で大きく息を吐いた。



「笑えるものか…馬鹿息子よ。そんなことになれば私がお前の母に殺されてしまう

じゃないか。先の戦争でも十分に大目玉を食らってしまった。」



今でも母にぞっこんな父は、息子を溺愛している母に逆らえない。


滅多に起こらない夫婦喧嘩でも力の強いはずの父より、言葉の強い母がいつも

勝利を収めている。


それをよくよく知っているおかげもあって、クラウスは時々こうして個人の手に

負えず行き詰まりそうになれば、自らを犠牲にした策を考える。


そうすれば戦争と国政のこと以外でまともに動かない父は何がなんでも重い腰を

上げて動かざるをえない。


しかし、父が仕方なしと言って動く理由が母だけでないことは知っている。


父もまた…自分の次を継ぐ者として、ただ一人の息子として大事に思ってくれて

いるからこそ、落ちそうな時は手を伸ばしてくれる。



「長年、戦やら争いを避けてきたあやつが個人の感情だけで交渉を破談させ、且つ

お前に手を下すとは考えにくいが…万が一という可能性は拭えない。なれば…」



ふっと一瞬だけ笑った顔は、戦争好きな国王のそれだった。



「いいだろう。次期王位継承であるお前に手を出せるというのなら、それ相応の

覚悟があるとして私は兵を上げ、報復に行こうじゃないか。楽に死ねるとは露ほど

にも思わないよう脅しもかけてな。」



冗談などではなく、この場の勢いや思いつきで言っているわけでもない、本気でそう

言ってのける父は非常に頼もしい。


だが。



「俺としては、破談させるつもりはない。食い下がれるところまで食い下がるさ。

リゼに…大きな決断をさせておいて、無責任にこの世を去れるか。」


「それほどなのか。お前にとっての、その少女は。」


「ああ。だが…もう、少女と呼ぶにはちょっと…」


「ふむ…?」


「と、とにかくだ。父上の助力を得られるならこれ以上のことはない。…ありがとう

ございます。」


「いや構わん。実際に直面してから言動をまた改めることの方がほとんどだ。時に、

起こってから考えても遅くはないこともある。お前なりに、やれるところまでやって

みるがいい。」


「はい。」



クラウスは父への感謝の意も込めて深々とお辞儀をして謁見の間を後にした。

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