#21
戦慣れした国王を筆頭に、南との戦争はほぼ互角な状態だった。
というのも父が久々の戦ですぐに終わらせては勿体ないと焦らしたため。
後に王妃である母から『クラウスが怪我したらどうするの!』と父にとっては非常に
厳しいお叱りを受けての終戦。
父が本気を出せば軍事国家であるこのグランウッドに死角はない。
頭も武力も兼ね備えた国王に音を上げさせることができるのは、今のところ王妃
ただ一人だけ。
戦争が収束してからもクラウスはその後処理で南の大国と掛け合ったり被害の程を
把握して次から次へとやってくる大の苦手な書類の山と格闘する。
それら全てがやっと落ち着いて一息入れられた頃には既に二年という時が流れて
いた。
戦争なんぞのせいで、またしてもリゼリーに会いに行けなかった。
彼女は今でも自分のことを覚えていてくれているだろうか。
憂鬱な気分でぼんやりとそんなことを思って、ふとあることを思い出す。
「そういえば…後で確認しようと思っていたものがあったな。」
四年前。リゼリーと別れてアニエスと一緒に逃げ込んだ埃を被った部屋。
その部屋の額縁に隠されていた、年代を感じさせる古い紙切れ。
大事にしまっておいた机の引き出しの中から取り出して破かないように慎重に
紙を広げて内容を確認する。
掠れていたが読めなくはない綺麗な字から、誰かが誰かへ宛てた手紙だとわかり
新しい白紙の上に読み取れた字面を並べて書き写していく。
思っていたよりも疲れるその作業に心が折れそうになりつつ、やっとのことで
終えたのは始めてから小一時間後のことだった。
肝心の内容といえば―――
『親愛なるお父様とお母様へ。
今まで大切に育ててくださってありがとうございました。
お父様たちがこの手紙をお読みになっている頃には私は既に
祈りを持ってこの世を去っているでしょう。
私はこの身一つで愛しい家族と、この国の心優しい民を守れることを
大変誇りに思います。
けれども、お父様とお母様に苦渋の選択を迫ってしまったこと…
お父様の手で命を絶ちたいと我が儘を言って、本当にごめんなさい。
生きて一緒に国を守っていける力が今の私に無いことが悔やまれます。
ですが魂はまた、巡ってくるといいます。
だからもし…もしもまたお父様とお母様の元へと私が導かれ逢えたなら
その時は、もう一度…愛してくださると嬉しいです。』
書かれていたのは愛する両親に宛てた、誰かの遺書。
何故そのようなものが額縁に入っていたのか…と考えを巡らせる前に目に留まった
のは差出人の名前だった。
―――『リゼリー』
その名前を見た直後に、確信した。
ルーナ王国に伝わる月の女神の加護。
16年に一度の不定期に訪れる静寂の日。
何度も生まれ変わる初代国王夫妻の娘。
誰にも知られず、隠され続けている現状。
この遺書が今までの調査で知ることのできた断片を繋ぎ合わせるように、全てを
物語っているようだった。
もしも、過去のリゼリーが月の女神として全ての民から慕われていたのなら。
彼女は当時、ルーナ王国で起こった何かによって自らを犠牲にしなければならず
その最期を父親に託してこの世を去った。
リゼの持っていったという祈りの加護で国は難を逃れ、そして彼女の願いから
また同じ姿形で巡ってきたとしたら。
一度は亡くなった人間がまた現れたとなれば混乱は免れない。
それなら身内だけで隠そうとするのは理解に難くない。
普通に考えればあり得ないことだと…誰もが思う。
けれども、そうでなければ――リゼが現実離れした奇跡を本当に起こせる人間だと
信じなければ今の状況と遺書との辻褄が合わない。
彼女の死は無駄ではなかった。だからルーナ王国は現存している。
リゼが遺書でも願ったからこそ、彼女は今も同じように巡っている。
16年に一度の静寂の日については不明点が多すぎて説明できないが、これにも
何かしらの訳があるはず。
クラウスはもう一度資料を机に広げて考えを巡らせる。
今すぐに知らなくてはならない。そう焦る気持ちがどこかにあった。
しかし真実に辿り着きそうな情報はどこにも見当たらず、もはや空想の中だけで
ありとあらゆる可能性を探るしかない。
焦れば焦るほどに思考や視野は狭くなる。
一度少し休憩して頭を冷やしてから見直せば出てくることもあると、クラウスが
侍女を呼ぶ為の呼び鈴に手を伸ばしかけてピタリと止まる。
『…お若い方は16年に一度の『静寂の日』をご存知かね。その日の夜が深まり、
月が天高くに昇った頃に女神様はこの国を離れるんじゃ。報せの鐘が鳴った時、
彼女を敬い愛した民は祈りを捧げ、またここへ帰って来てくれるよう願う。』
鐘を調べるのに訪れた教会で出会った老婆の言葉が甦る。
静寂の日に、月の女神はルーナ王国を離れる。
リゼが女神だというのなら、一体どうやって国を離れてどこへ行くというのか。
―――お父様たちがこの手紙をお読みになっている頃には私は既に祈りを持って
この世を去っているでしょう。
「――…っくそ!そういうことか!」
クラウスは執務室を飛び出して、まだ来客があるのも構わず謁見の間へと足を
運んだ。
息子のただならぬ様子に父もさすがに少し驚いた顔をしたものの、勘の良い父は
すぐに何かを悟って大きく頷く。
「皆まで言う必要は無い。急ぐのだろう。報告は後で構わぬ。」
「…陛下のお心遣い、感謝致します。急ぎルーナ王国へ向かう用ができたので
行ってまいります。」
「ああ。必ず、帰って来い。」
無礼を詫びる暇もなく謁見の間を後にして準備を済ませ、厩舎へ向かえば知った
顔が三人揃っていた。
「よう。まさか優秀な従者を置いて一人で行こうなんて思ってないよな?」
「殿下の遠征は何であろうと、自分は絶対に全部ついていきますよ。」
「クラウス様のことだから王女様に会いたくなったんですよね。わかります。」
口々に好きなことを言って笑う仲間に、切羽詰まっていたクラウスの表情が少し
和らいで自然と笑みを作らせた。
何も言わなくても様子を察してついてきてくれる彼らに内心で感謝しながら、愛馬に
颯爽と跨って声を掛ける。
「俺の読みが合っていれば時間がない。ルーナ王国へ急ぐ。」
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