#20


クラウスたちは自国で催される恒例の夜会に間に合うよう早朝にルーナ王国を

出立した。


こちらに来た時と同様に帰りも見知った村に立ち寄りながら休憩を挟んでは自国を

目指して順調な帰路を進む。


グランウッドに辿り着いたのは三日後の昼近くで、クラウスは帰るなり早速父王に

調査の報告とリゼリーのことを進言しようと謁見の間に向かった。


部屋までの廊下をやや早足で進んでいれば扉を守る衛兵は自分に気づいて恭しく頭を

垂れた後に、すぐに中へ通じる扉を開いてくれる。


そのまま真っ直ぐ進んだ最奥には、民や兵たちに見せるような『王』としての

顔ではなく一人の『親』としての顔をした父が玉座で期待に満ちたような表情を

して待っていた。



「陛下。ただいま戻りました。」



床に片膝をついて無事に戻ったことの挨拶をすれば、父は畏まる必要はないと

言わんばかりにすっと片手を上げて意を示す。


クラウスはいつもそれを合図にしてから『息子』として父に接するようにしている。



「よくぞ戻った。して、久方ぶりのルーナ王国はどうであった?」


「俺が幼少の頃に訪れた時とあまり変わりなく、あちらの両陛下とも元気にして

おられた。王女殿下にもお会いしてきた。」


「ほう。元気なのはなにより…だが。他にも見つけてきたんだろう?」



ニヤリと意地悪く笑う父にクラウスは至って真面目な表情で応える。


幾度も戦争という大局を見て動かしてきただけはあって、この人は何を考えている

のかを読ませず隠して笑う。


今回の調査の内容に関しても、既にどこまで知っているものなのか。



「先の調査で上がった報告資料を参考に、聞き込みを行ったがやはり住民たちは

曖昧な答えしか返さなかった。なので独自に気になった箇所を調べて探った結果…

やはり完全中立には秘密があることがわかった。」


「気になった箇所、というのは?」


「俺が幼少期にも見かけたことがあった教会の鐘だ。」


「ああ。あれか。あれは…今は誰にも鳴らせないらしいじゃないか。確か昔の

王妃が酷く嫌っていたとかなんとか。」



この話は知っていたのか。ならば何故教えなかった。


そう言いたいのをぐっと堪えてクラウスは次の話へと移ることにする。


父の調子に乗せられてしまうのは何だか非常に気に食わなかったからだ。



「確かに鳴らせない。だが…俺はあの鐘が鳴る音を聞いたんだ。とある場所で。」


「ほほう?」



父の笑みがますます深くなり興味を引いたことがわかる。


ということは恐らく、父は鐘の音を聞いたことがないのだろう。


続きを促すように送ってくる視線に応えてクラウスは慎重に言葉を選んでから

口にする。


ここから先はきっと誰も知らない、知ることさえなかったはずの事実。



「調査で回っている途中にややあって…王宮の裏手側に広がる森の中へ迷い込んだ

ときに、ある一人の少女にあったんだ。名前をリゼリーという。」



彼女と初めて会った、あの日の夜。


いつもより月が大きくてそして綺麗だった。


ただの『リゼ』だと言った彼女。『旅人』と偽った自分。


衛兵を避ける為にあの森に逃げ込まなければ、知らないままだった。


クラウスは調査の報告というよりも当時の思い出を語るように言葉を紡いで、

父は横槍を入れることを一切せずに聞いていた。


そこに意地悪な笑みは浮かんでおらず、代わりに見えたのは息子の心境の変化に

気づいて心なしか喜んでいる顔で。


だからこそ言うなら今しかないと思った。



「父上。俺は彼女を…リゼリーを伴侶として迎えたい。あの時の温かい気持ちは、

今まで他の誰にも感じたことがない。彼女だけなんだ。」


「ふむ…。」



父は何か考え込むようにして押し黙る。


当然だろう。これが国同士の公然とした出会いの場で惹かれたならまだしも、

明らかに事情があって隠され続けている王女を迎えたいというのだから。


仮に今ここで了承を得たとして、次にどう行動に移すべきか。


クラウスが頭の片隅に今後のことを考え始めたところで、ふっと父が小さく笑う

声が聞こえて外していた意識を戻す。



「…クラウス。」


「はい。」


「お前は本当に、その少女がいいんだな?」



再度確認をするように問われて、迷いなく頷いた。


誰に何を言われようとも、この答えも意志も変えるつもりはない。



「国の王が隠すほどということは、それだけその少女に価値があり秘密があると

いうことに他ならないだろう。調査の果てに、如何なる真実があろうともお前は

目を反らさずに立ち向かえるか…?」


「覚悟が無ければ父上に進言などしない。俺の性格はあなたもよく知っている

はずだ。」


「はっはっは!よく、わかった。いいだろう。調査の件も含め、そのことはお前の

意思に任せる。必要なら軍を使うことも許そう。うまく…やってみるがいい。」


「…ありがとうございます。」



この日の夜会を最後に、国王としての父は舞踏会の回数を減らした。


それに即座に反応したのは次期王妃の座を狙っていた令嬢たちで、当然ながら

クラウスの心を射止めたのは誰なのか知るべく周囲への情報収集の動きが目立つ。


茶会などでも挨拶に顔が合った折、会話の所々で探りを入れてくるような話し方を

されて曖昧に答えるのが面倒になるくらい。


そんな令嬢たちの相手と公務や軍務に勤しんでいるとあっという間に一日一日は

過ぎ去って、日の終わりに部屋で一人になるとリゼリーにまた会いたいと胸の内で

思う毎日。


会いに行きたいのだが、どうにも仕事が立て込んでくる。


普段は自分に付いて回って割と自由に好きなことをしているジャックでさえも

忙しそうに走り回っているくらいなのだ。


それもそのはず。南の大国が、今になって動き出したのだ。


グランウッドから送っていた密偵からの緊急報告で『南に動きアリ。徴兵、武器の

確保、我が国の周辺へ偵察兵を送られたし。』と短い連絡を受けた。


その後にどうなったのか返事は今でもまだ返ってこない。


衛兵たちの間では緊張が走り、軍ではより強い警戒態勢が取られた。


ルーナ王国の調査から自国へ戻って来てから二年――クラウスは結局、リゼリーに

再び会うことができないまま、動き出した南の大国から受けた宣戦布告に乗って

戦地へと赴くことになった。

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