#16


「よく…調べたんだね。クラウスの言う通り、私は初代国王夫妻の王女だよ。この

ことを知っているのは現国王夫妻とアニエス…それから本当に極僅かな側近と司祭

だけ。」


「話を知っていた侍女たちは…?」


「多分…私が生まれる時に立ち会ったんじゃないかな。本当はね。私には決まった

乳母がいたの。彼女が毎回、私を取り上げてくれたから侍女たちが私の存在を知る

ことはなかったんだけど…」


「何か、あったのか。」


「追い出されちゃったの。両陛下があまりにも私を酷く扱うからって抗議してくれ

たばっかりに…あんな寂しい、町の隅っこに…。」


「そうか。それは…あんまりだな。」



クラウスが慰めるように優しくリゼリーの背中を撫でると、彼女は少し躊躇いがちに

目を伏せて呟くよう疑問を口にした。



「クラウスは…怖く、ない…?」



唐突な問いかけに『何が。』と返しそうになって押し留まる。


今までリゼリーが自分に伏せていた何度も繰り返し同じ容姿で生まれるという

普通なら衝撃的すぎる事実。


彼女のことを全く知らない者からすれば、それは奇怪であり恐怖の対象でも

あり得ることだがクラウスは自国による調査という名目でおおまかな情報を得ている

他、偶然であれその当の本人とこうして面識がある。


そしてなにより、自分はリゼリーに好意を抱いている。


答えなど。



「怖くはないよ。だって君は…『ただのリゼ』なんだろう?」


「クラウス…。」


「それに。こんなに綺麗なリゼを怖いだなんて、そちらの方が俺には理解できない。

ああ…そうか。綺麗すぎて怖いというのも、あるか。」


「そ、そんなこと…。クラウスだって…」


「うん…?」


「あっ…な…なんでもない…!」



ついさっきまで不安で怖くて仕方ないといった様子のリゼリーは何かを言いかけて

から、今度は耳まで真っ赤にして恥ずかしがる。


クラウスはとりあえず彼女が沈みかけた気持ちを持ち直したことに少し安堵しつつも

どこまで話を聞いていいものかと思案した。


リゼリーが初代国王夫妻の王女であり一定期間に同じ容姿でもって何度も生まれて

くる事実はわかった。


続いての疑問は、そこから誰もが思うシンプルなもの。



―――如何にして繰り返し生まれてくるのか。



突然変異としても全く同じ姿で建国した時代から変わることなくたった一人の人間が

決まって生を受けることは、通常であれば不可能。


頑張ってもその片鱗が祖父や祖母の代に似ているかも程度ではないだろうか。


気にはなるが、果たして聞いてもいいものか。


クラウスが小さく唸って悩んでいると、今度はリゼリーの方が言葉を発した。



「あ…あのっ…クラウス。わ、私ね…貴方に…」



言いかけて、遠くの方から鐘の音が聞こえてくる。


この時間に終わりを告げる鐘の音―――。


リゼリーは言葉を切って少し俯いた後、柔らかく笑んで自分を見上げた。



「…ううん。やっぱり、なんでもない。誰か来ちゃう前に、戻らないと。」


「リゼ…?」


「クラウス。今日も会いに来てくれて本当にありがとう。またお話してくれたら

嬉しいな…できれば…もっと別の、楽しいことで…。」



ふっと小さく笑った彼女はどこか悲しげに見えて、クラウスは直接聞くべきでは

なかったかもしれないと胸の内で後悔した。


リゼリーを傷つけてしまったかもしれない。


そう思うと既に鐘が鳴ってすぐに誰かが来るかもしれない状況であっても、このまま

素直に帰ることはできなかった。



「リゼ…すまない。」


「え?えと…クラウス。どうして、謝るの…?」


「俺は君に恐らく無理を強いてしまった。自国の調査とはいえ、君を…傷つけて

しまった。」


「傷ついてなんてそんな…!だ、大丈夫だよ。クラウスは自分のお仕事をやろうと

頑張ってただけなんだもん。貴方は悪くない。」


「しかし…」


「ほ、ほら!早く戻らないと!クラウスとアニエスのこと心配して探しに来ちゃう

人がいるかもしれないよ。私は大丈夫だから。本当に。」



クラウスは気が進まないながら焦るリゼリーに背を押されながらアニエスと共に

庭園を後にした。


アニエスからはお決まりのように『進展は?』と声をかけられたがあまり答える

気にもなれず適当に返して流してしまった。


鐘が鳴る前、リゼリーが自分に一体何を言おうとしていたのか。


明日また会いに行ったときに聞いてもいいのだろうか。


一人思い悩むクラウスがアニエスと部屋の前で別れて軽くため息を吐きながら扉を

開けて中に入ると、部屋の中央では何故か半裸で縄に縛られ倒れているジャックが

いた。

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