#15
王宮の人間の目を盗んで秘密の庭園に着くと、リゼリーは相変わらず小高い丘の
上から湖を眺めていた。
アニエスはまだ嬉しさいっぱいな様子の顔のままクラウスの背を押して昨日と同様
に見張り役として足早に去ってしまった。
せめて挨拶くらいはしていけばとクラウスが少し息を吐いたところで、人の気配に
気づいたリゼリーがこちらを振り返る。
「あ…クラウス。こんにちは。今日もいい天気ね。」
「そうだな。隣に…行っても?」
「ええ。もちろん。」
リゼリーは昨日と変わらない穏やかな笑みを浮かべて自分の来訪を喜んでくれる。
それは下心や策略といったものではなく、ただ純粋に『会えて嬉しい』と伝えて
くれているようでクラウス自身も素直に嬉しかった。
こうしてすぐ隣に座って並んで間近に見る彼女は可愛いし、年齢の割には時折
大人びて見えたりして自分の興味を引いてくる。
リゼリーは本当に不思議な女性だ。
無意識にじっと見つめているとリゼリーは何故だか少し頬を赤く染めて少し俯き
ながら口を開く。
「あの…クラウス…。そんなに見つめても、何も起こらないよ…?」
恥ずかし気にそう言われてクラウスは彼女が可愛いと思うと同時に心がほわりと
温かくなる感じがした。
今までどんな女性に言い寄られてもどんなに言葉を尽くされ思われても、熱を持たず
動こうとしなかった心が動いている。
リゼリーの一つ一つの動作が、言葉が、まるで乾いた大地を潤わすような。
今日もこのまま何事もなく穏やかな時間の中で彼女と過ごせたら――と思いかけて
踏み止まる。
彼女に…リゼリーに聞かなくてはならないことがある。
「リゼ。君に、聞きたいことがあるんだ。」
「はい。」
本当のことを、話してくれるだろうか。
クラウスは真剣に、でもリゼリーを変に怖がらせないように表情を努めて柔らかく
保ちながら言葉を発する。
「君と初めて会ったあの夜…君は確かに、現国王夫妻の娘だと教えてくれたよな。」
「うん。この庭園にいるのも、みんなをびっくりさせてはいけないからとも。
…どうしてまたそんなことを聞くの?」
「実は…今朝方、俺の従者が古株らしい侍女たちの話を立ち聞きしたと言ってな。
ルーナ王国ではある一定期間に初代国王夫妻の王女が生まれるらしいと。」
「………。」
びくりと小さくリゼリーの肩が跳ねるのを、クラウスは見逃さなかった。
まだ幼いながらも彼女はルーナ王国の秘密を少なからず知っている。
でなければ侍女のした伝説にも等しい話など普通なら信じられないし庭園にほぼ
一人でいるはずのリゼリーが知ることは難しいはず。
口を噤んで、ただじっとこちらを不安げに見上げた彼女には悪いと思いながらも
ゆっくり探るような調子で続ける。
「何度か俺が父にこちらへ連れられた時に、歴代国王夫妻の絵画を飾ってある部屋が
特別に用意されているのを思い出して確認をしに立ち寄った。その時に見た初代
国王夫妻は…そうだな…」
改めてリゼリーをよく見ると、白銀の髪にアイスブルーの瞳。
絵画で見た初代国王夫妻のそれぞれの髪と瞳の色を受け継いで、面影はどことなく
王妃に近いかもしれない。
どうしよう。と一人視線を彷徨わせて必死に何かを考えている様子のリゼリーに
クラウスの中では彼女がその王女だとほぼ確定してしまった。
それでも彼女自身の口から真実を聞いたわけではない。
「リゼ。ここに来る前…アニエスが、君は国に縛られていると言った。そして同じ
ことを繰り返していると。それは…君が。リゼが、初代国王夫妻の王女として、
繰り返し同じ容姿で生まれてきているからなのか?」
「あ……えと…それ、は…」
「リゼ。」
「……っ」
完全に下を向いてしまったリゼリーの表情はわからなかった。
しかし、彼女はほんの僅かだが小さく頷いたような気もした。
もしかしたら自分の気のせいかもしれない程の小さな肯定が見間違いではなく本当
だったと確信できたのは、ゆっくり顔を上げたリゼリーの表情から窺い知れたから。
『どうか嫌いにならないで。』
そんな切なる声無き声を聴いたようでクラウスは思わずリゼリーを抱きしめた。
華奢で同年代の娘よりも細めな身体は少しでも力を入れてしまえば潰れてしまい
そうなほど頼りない。
「…すまない。リゼに嫌な思いをさせたかったわけじゃないんだ。その…ああ、
そうだな。本当のことを話そう。聞いてくれないか。」
腕の中のリゼリーは抵抗するでもなく、ただ静かに大人しく頷く。
それを確認してからクラウスはルーナ王国に来ることになった調査に関しての一件と
その結果知ることができた情報についても時間をかけて話した。
彼女は時折こちらと視線を合わせては外しを繰り返し、話の最後の方ではどこか
観念したように見上げてきた。
しばらくの沈黙が続いた後…ゆっくりとリゼリーは語り出す。
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