#13
クラウスたちがルーナ王国に来てから四日目の朝、朝食を済ませてからアニエスが
迎えに来るお昼近くまでは自由行動となっている。
王宮の中を見て回るもよし、城下町へ出て調査を続行しているだろう軍友に合流して
経過報告を受け取るでもよし。
どうするかとクラウスが考えていると向かいの椅子に座っていたジャックが呑気な
表情のまま口を開いた。
「なあクラウス。お前に置いてかれてからさ、オレなりに侍女の立ち話とかここに
挨拶に来る商人や貴族なんかに話を聞いてみたんだけどさ。ちょっと不気味な話を
聞いたんだよ。」
「不気味な話?どんなだ?」
「古株らしい侍女たちの立ち話でな。ルーナ王国の国王夫妻の間にはある一定期間に
必ず初代国王夫妻の間に生まれた王女と同じ容姿をした娘が生まれるんだと。遥か
昔はその娘を月の女神の生まれ変わりとして大切にしてたらしいけど、今の人間は
気味悪がって隔離してるとか。」
「……。」
「そしてこれは、国の機密情報だから誰にも話してはならない。とな。彼女らが
知っているのは恐らくその王女が生まれた時に立ち会ったからなんだろうけど。」
にしても緩い警戒だよな。と得意げに言うジャックを無視してクラウスは思い当たる
とある可能性について思考を巡らせていた。
ルーナ王国の初代国王夫妻といえば、終わらない激しく長い戦争で疲れ切った民を
率いて完全な中立を目指しそして叶えた英雄たち。
その英雄たちの勇姿を描かなかった者はいないはず。
クラウスは椅子から立ち上がって部屋の扉を開けながらジャックの方を振り向く。
「よくやった。これは大きな手掛かりかもしれない。」
彼の驚いたような顔が見えた気もしたが構わずクラウスが向かったのは自分が
幼少期に見せてもらったことがある、歴代国王夫妻の肖像画が並ぶ部屋。
さすがに完璧に覚えているわけではないので途中で侍女に道を聞きながら進み、
たどり着いて早速中へと足を踏み入れる。
部屋には誰もおらずしん…とした冷たく静かな空気が流れていた。
「初代…国王夫妻は…これか。」
古ぼけている一枚の大きな絵画。
その絵の中で勇ましく佇む国王と、彼に寄り添い優しく慈愛に溢れた笑みを浮かべる
王妃の姿絵。
丁寧に管理されているおかげか絵の色合いはほとんど失われずに済んでいる。
それぞれの容姿を確認すれば国王は金髪にアイスブルーの瞳。王妃は銀髪に翡翠の
瞳をもっていた。
ジャックの聞いた話が本当であれば、この夫妻の間に生まれた王女が延々と同じ
姿形でこの世に生を受けていることになる。
「気味悪がられて隔離、か…。」
まるで今のリゼリーのようだと思ってクラウスははっとする。
初めて彼女に会ったとき、リゼリーは確かに現国王夫妻の娘であると言ったし自分が
彼らと全く違う容姿だから秘密の庭園に一人でいるのだと。
しかし、これが事実であっても彼女が何故繰り返し生まれてくるのか説明できない。
そしてそのことがルーナ王国の完全な中立に関係しているのかも。
「どちらにせよ、考えているよりもリゼに聞けば早い…か。」
彼女は答えてくれるだろうか。
真実に辿り着こうとしている自分を拒絶するだろうか。
それとも―――…
不安から思考回路が嫌な方へと傾きかけたところで、部屋の扉を小さくノックして
誰かが中に入ってくる音が聞こえた。
振り返ってみれば扉の前にはアニエスが立ち自分を発見すると駆け寄って来た。
「クラウス様ったら、こちらにいらしたのね。」
「アニエス。まだ迎えの昼には早いと思うが。」
「思っていたよりも早く用事が終わってしまったの。それで、部屋に行っても貴方の
従者しかいないから問い詰めても行先を知らないっていうし。だから侍女たちに
聞いて回ってやっと。」
「ああ…それはすまない。」
「それで。調査は進んでるのかしら?」
アニエスの唐突な言葉にドキリとしてクラウスは彼女を凝視した。
調査をしているとは言ったがその内容までは言っていない。
だからバレているわけではないのだろうけど油断はできない。
「そう…だな。少しずつ進んではいるが、決め手に欠けていてな。」
「本当ね。でも、ここで絵画を見て確認するっていうのには感心するわ。わたくしは
そんなの思いつかなかったから苦労したもの。」
「……アニエス…?」
「ふふっ…クラウス様の従者はとても優秀な方ね。問い詰めて簡単にお話してくれた
のはわたくしだけだもの。彼は人を見る目があるわ。」
「あいつめ…。」
楽しそうに笑うアニエスに対してクラウスは頭が痛くなった。
ルーナ王国の調査で来ていることは秘密であるとわかっていながら、国の王女である
彼女に話してしまうなど言語道断。
通常なら隠密だと発覚した時点で牢に入れられるかこの時世ならその場で切り捨て
られても文句は言えない。
全て話してしまったのなら今更何を言い訳してもアニエスには無駄だろう。
クラウスは諦めて、せめてバレたのが彼女であったことを幸いと思うことにした。
「この国の中立の仕組みを知って、グランウッド王国はどうするのかしら。それを
餌にして属国に落とすの?それともお姉さまを利用するの?」
さっきまで笑みを浮かべていた表情はふっと消えて、こちらの真意を探るように
アニエスは見つめてくる。
どう答えるべきなのだろうかとクラウスは思案して当初の調査の目的を思い出す。
「落とすも利用するも、何もしない。ただ知りたかっただけだ。」
「知りたかっただけ…?そんな知的探求の為だけに遠くから来たっていうの?
クラウス様。冗談はほどほどにしていただけませんこと?」
「そうだな…これが冗談で、本当は侵略に来たって言えば信じてくれるのか?
それならバレた時点で君をこの場で手にかけて、リゼを攫ってしまえば簡単に全て
終わってしまうな。」
「クラウス様…それは、本気で…?」
ゆっくり後ずさりして距離を置こうとするアニエスの腕を掴んでクラウスは即座に
壁へと押しやる。
一気に逃げ場を失った彼女はビクリと震えたけれど持ち前の度胸で以前よりは
自分に対する恐怖に耐えているようだった。
乱暴を働くつもりは一切無いが、手っ取り早く信じてもらうためにも半ば脅すような
形になってしまうのは致し方ない。
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