#8


クラウスの宣言通り三日目の昼頃、ルーナ王国の国王夫妻へ突然ではあるが挨拶に

向かうことになった。


身なりも変装の為に用意した格好ではなくキチンとした王子のもので、従者として

ついていくジャックも正装に着替えている。


軍友の二人は別行動で引き続き城下町での情報収集に当たる。



「クラウス様、気を付けて行ってきて下さいね。」


「王女様が可愛くてグランウッドに帰りたくないとか言わないでくださいよ?」


「心配すんな。オレがちゃんと見張ってるから大丈夫だ。」


「俺はいつから手の掛かる子供みたいになった…?」



気に食わないと半分機嫌を損ねたクラウスを気にすることもなくジャックはいつも

通りの調子でぐいぐいと背を押してくる。


外に出るまでの間に宿の主人たちが驚き、出てからも視界に入った住人たちが驚きと

うっとりとした視線を飛ばしてきた。


クラウスの最も嫌う、王族なら受けても仕方ないだろう視線。


背後でジャックが止めるのも聞かず慣れたように威圧的に睨み返してやれば、

立ち止まっていた住民たちは簡単に顔色を変えて散っていく。


それでも残る人間はどこの国でも数人はいるものだが。


声をかけられる前にその場を離れ手配しておいた馬車に乗り込み王宮へ向かう。


訪問する旨はその日の朝にジャックが正式な通達をどうにか出した(正確には出さ

せた)ので謁見の準備くらいはできているはず。


しばらく揺られた後、王宮内に入り門の前付近で止まった馬車の扉が開けられたこと

を確認してからクラウスたちは降りた。


到着した馬車のすぐ傍では執事らしき老齢の男が恭しくお辞儀をして迎え、それを

合図にしたように城を守る衛兵たちが姿勢を正す。



「ようこそ遠路はるばるいらっしゃいました。両陛下ともクラウス殿下のご到着を

心待ちにしております。」


「突然の訪問で申し訳ない。遠征先の戻りで立ち寄った故、折角だからご挨拶をと

思った次第で。急がせてしまっただろうか…?」


「そのようなことはございません。どうぞこちらに。すぐにご案内致します。」



穏やかな笑顔を浮かべた執事に案内されて謁見の間へ通される。


中に入って玉座に着いていた国王夫妻の前まで歩み寄りクラウスが慣れた所作で

お辞儀をすれば、喜び歓迎する国王の声が聞こえた。



「とても久しいな、クラウス王子。最後に会ったのはいつだったろうか…大きく

立派に成長されて何よりだ。グランウッド王にますます似ている。」


「はい。その節は大変お世話になりました。両陛下とも息災のようで私も安心

致しました。父も最近はなかなかこちらへ向かえないと気にしていたので。」


「よいよい。まだこの荒れた時代だ…そなたの国はいつ何時に備えておかなければ

ならないのだから、仕方のないことよ。して、ここにはどのくらい滞在していら

れるのだ?」


「そうですね…あと四、五日ほどでしょうか。遠征では父に毎回、多く見積もって

いただけているので余裕があるんです。その分は好きに使って良いと。」


「そうか。なれば昔のように遠慮することはない。ここでゆるりと寛がれていくと

いい。部屋も用意してある。」


「何から何まで…陛下のお心遣い痛み入ります。」



クラウスは改めて感謝の意を伝えるべく丁寧にお辞儀してから本題へと移る。


表立ってリゼリーに手っ取り早く会う為に、わざわざ嫌な思いをしながら出てきた

のだから。



「陛下。陛下には確か可愛らしい王女様がいらっしゃると父から伺いまして…。

不躾な願いだと存じておりますが、私に紹介してはいただけませんか。」


「不躾などと、何を言う。クラウス王子になら我が愛娘を喜んで紹介しよう。これ、

呼んでまいれ。」



国王は控えていた執事に手を振ってすぐに王女を呼びに行かせた。


数分後、謁見の間の扉が重い音と同時にゆっくり開かれて姿を現したのは王妃と

同じこげ茶のくるくるとした少しクセのある髪を両サイドに結った可愛らしい

少女だった。


クラウスはリゼリーが一緒でなかったことに疑問を抱きながらも、怖がらせない

よう努めて表情を柔らかく保つ。



「愛娘のアニエスだ。妻に似て愛らしいだろう。」


「はい。とても、可愛らしく華やかな方ですね。」


「…お兄さん、どちら様?」



アニエスは可愛い見た目に反して度胸があるらしく、クラウスを見ても怯える

どころかやや警戒心を剥き出しにして睨み上げてくる。


それを軽く受け流しながらクラウスは片膝を床について彼女の小さな手の甲に

挨拶と同時に親愛の証として口づけを落とす。



「申し遅れました。私はグランウッド王国第一王子のクラウスといいます。父から

話を聞いていたものですから、一目お会いしたいと思いまして。」


「そ…そう…なの…。えっと…わたくしはルーナ王国の第一王女アニエスよ。」



親愛を込めた挨拶に不慣れなのか、アニエスは僅かに視線を反らして俯く。


次いでクラウスが疑問に思ったのは彼女が自分を『第一王女』と言ったこと。


リゼリーと話したあの夜、光る石を知っているのは自分と『妹』だけだと言った。


ならば普通に考えればアニエスはリゼリーの妹で第二王女となるべきところが、

姉はいないものとされている。


これは一体、どういうことなのだろう。



「アニエス様。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか。」


「な、なにかしら。」


「王宮の裏手側に広がる森の中…そこにリゼ――」



そこまで言って、アニエスは一瞬ビクリと体を小さく震わせて自分から反らしていた

視線を戻しこちらの言葉を切るように重ね急ぎ言葉を紡ぎ始めた。



「あらやだっ!クラウス様、リゼッタをお見掛けになったのね!わたくし、ずっと

その子を探していたのよ!」


「は…?いや、そうではなく…」


「お父様、お母様。クラウス様がわたくしの探していたリゼッタを見つけてくだ

さったようですの。庭園の方へ一緒に行ってきていいかしら。」


「はっはっは。また迷いネコを世話していたのか。我が娘は本当に心優しく育って

くれて私は嬉しいよ。かまわないが、あまりクラウス王子を困らせてはならんから

な。」


「ありがとうございます。お父様。」



クラウスは有無を言わさず自分の腕を掴んで足早に歩いていくアニエスに従いつつ

どうしたものかと困惑した。


謁見の間を後にして庭園に出ても彼女は一切口を利かず、時々立ち止まっては周囲を

見回して何かを気にしながら再び自分の腕を引いて歩き出す。


そうして辺りに人気の無い比較的背の高い植物が壁となって並ぶ場所にたどり着いて

ようやくアニエスはクラウスを放した。


続けて即座に自分と距離をとってまた睨み上げてくるものだから、クラウスも説明が

ほしくて問いかける。



「あの…アニエス様。私をこのような場所に連れて来て一体何を…?」


「わたくしの質問に答えて下さい。クラウス様はいつどのように、裏手側の庭園を

知ったのですか。」



説明を求めたはずが逆に凄い剣幕で問われクラウスは正直に答えるべきなのか少し

だけ考えた。


先程、国王夫妻の前でアニエスが自分の聞かんとしていることを即座に打ち切って

ここへ連れて来たのには、彼女にとって都合の悪い何かがあったことは明らか。


リゼリーの名前を言いかけた時に反応したのだから、アニエスが彼女を認知している

こともあの時にわかる。


解せないのは国王夫妻の前で『言わせなかった』こと。


人気の無い場所でわざわざ話さなくてはならない。しかし逆をいえば、誰もいない

場所でなら自分にこの話ができるということにもなる。


素直に教えてくれるかどうかは別として。

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