#9
「…わかりました。正直にお話しますから、どうかそう怖い顔をされないで下さい。
実はこちらには二日ほど前からとある調査で来ていまして。調査の途中で私を
見知っていたご令嬢方に追われ…逃げた先が王宮付近だったこともあり、今度は
衛兵から不審者扱いされるのを避けるべく森に入って彷徨っていたところ、あの
庭園を見つけたんです。」
「本当に?」
「はい。嘘偽りなく。」
クラウスの答えを聞いてアニエスはしばらく何かを考えて黙り込む。
そしてとりあえずは信じてくれたらしい様子で『そう…。』と小さく呟くと、
今度は少しだけ警戒を解いたやや柔らかい調子で尋ねてくる。
「リゼリー…お姉さまの名前を知っているってことは、クラウス様は庭園の中に
入られたのよね?でも、庭園の外の扉には鍵がかかっていたはず…。」
「鍵…?確かに私は庭園に入りリゼに会ったが…扉に鍵は掛かっていなかったよ。」
「そんな…。まさか、またお母様が…?」
「アニエス様。貴女は何故、両陛下の前で私の言葉を途中で切ったのですか。」
「それは…」
何か言いづらそうに口籠もり迷うアニエスにクラウスは好機を逃すまいとして
眼光鋭く詰め寄る。
開いていた距離を縮めて物理的にも逃げ場を失くしてしまえば、たいていの人間は
自分の前では為す術もなく簡単に口を割ってしまう。
それがクラウスに対して抱く恐れからだとわかっていても。
真実を追求して誤った判断を防ぐために必要ならば、自分が恐怖の対象として他から
見られようと、多少なり嫌われてしまおうと仕方のないこと。
少しばかり傷ついて、孤独を感じてしまうのももう慣れてしまった。
「教えて下さい。アニエス様。」
アニエスは開きかけた口を、出かけた声を封じてぶんぶんと首を横に振る。
それからきゅっと固く目を瞑って俯き身を縮めて、例えクラウスに何をされたと
しても教えられないと体全体で意思表示してきた。
抑えられなくなった自分への恐怖心からか、次第に小刻みに震えだしたアニエスの
様子にさすがにクラウスもそこまで追い詰めるつもりはなかったので小さく息を
吐いた後、彼女の背中を優しく撫でやる。
今この状況からさらに発展して泣かせでもしたら大変なことになってしまう。
「…申し訳ありません。アニエス様を怖がらせてまで、教えていただきたかった
わけではないんです。ただ…どうにも解せないことばかりで。」
まだ少し震えて身を固くしているアニエスを落ち着かせながら、クラウスは一体何を
どこまで彼女に話して伝えるべきか思案する。
調査していることについて話すべきではないことは当然として。
なれば途中までしか話していない、リゼリーと出会ってからのことだろうか。
たまたま鍵の開いていた扉から入った庭園で彼女と話をして過ごした、ほんの
数時間の出来事。
それがアニエスの知りたいことに含まれていて彼女の信頼を得るために必要な内容
なのか定かではないが、隠し通さなければならないことでもないし少なくとも
このまま何も言わずにただ微妙な空気に浸っているよりマシだろう。
「リゼと会ったあの夜は月明りがとても強くて…彼女が、とても綺麗に見えたのを
今でもはっきりと覚えています。私は身分を公にすることができなかったのでリゼに
自分は旅人だと告げました。」
「……?」
「彼女もまた、自分は『ただのリゼ』だと名乗って、私に今夜は月明りが強いから
と限られた人間しか知らない光る石を見せてくれました。知る者は自分の他に、妹
しかいないとも言っていましたよ。」
「……あ…。」
「あの日の夜は王宮でパーティーがあったため、庭園に一人だったリゼはしばらく
私と話をしてくれましたが…城下町の鐘の音が聞こえたのを合図に別れました。私は
またリゼに会いたくて、ここまで来てしまった次第なのだけど。」
「…それ、じゃあ…」
開かれて見上げられたアニエスの瞳からは恐怖の色はすっかり抜けていた。
代わりにどこか申し訳なさそうにする彼女の頭をクラウスは優しく撫でて、自然と
柔らかくなった表情に笑みを浮かべる。
うっすらと頬を紅色に染めたアニエスは視線を宙に彷徨わせた後に何か小声で呟くが
聞き取れなかったと言う前にがっしりと腕を掴まれた。
「よく、わかりましたわ。クラウス様。行きましょう。」
「え…。あ、どこへ…?」
行先を告げられることなく再び足早に歩き出したアニエスに連れられながら、
クラウスは彼女は言葉よりも行動を優先する女性なのだろうと二度目の連行で思う。
変な場所に行くこともないだろうと大人しく一緒に寄り添うよう歩いていれば
時たま横を過ぎる侍女たちに驚いたような視線を向けられたり、微笑ましく見守られ
なんだか落ち着かない。
しばらく移動した頃、アニエスが掴んでいた自分の腕を放して近くにいた侍女へ
駆け寄り何かを告げる。
それを聞いた侍女も恭しく頷いた後にすっと静かにどこかへ立ち去っていく。
訝しげに見ていると気づいたアニエスが何故か耳打ちしてきた。
「あれはわたくしが個人的に買収した侍女ですの。わたくしが王宮から密かに
離れたりするときなどに誤魔化すために動いてもらってますわ。」
「それはつまり、今からここを離れる…と?」
「あ。申し上げておりませんでした。今から裏手側の、秘密の庭園に参りますわ。
クラウス様はお姉さまに会いに来たのでしょう?」
「確かにそうですが…大丈夫なのですか。」
「わたくしにお任せ下さい。こう見えて隠密行動は得意ですの。」
アニエスは悪戯っぽく笑ってまたクラウスの腕を抱いて歩き出す。
いちいちそういった行動に出るのも何か理由があってのことなのか視線だけで
訴えてみればニコリとした笑みを返された。
「…こうして周りに見せつければ、わたくしたちの仲を特別疑い探る者も減らせ
ますわ。行動を起こすだろう輩は目星も付いているし弱みも握っていますの。
お姉さまを慕ってくださる方の為なら、他のどなたにも邪魔はさせませんわ。」
社交界においてはまだまだ子供な年齢だろうアニエスの無邪気に告げられた言葉は
明らかにそれからかけ離れていて、クラウスは苦笑しかできない。
自分の話を信じてリゼリーに会わせてくれるというのは感謝したいところだが
今だにわからないのは、どうしてそこまでして隠れながら動くのか。
庭園に着いて無事に彼女と再会できたら教えてくれるだろうか、もしくは尋ねても
いいものだろうか。
思案しながら王宮から秘密の庭園までの移動ルートを覚えつつアニエスの様子を
見て動きを合わせる。
細かい事情をすぐに知ることができなくとも、とりあえずは表向きだけでも周囲に
二人の仲は良好であることを示した方が都合がいいらしい。
そうして人気の無い道を選んで進みアーチ形になっている花の装飾がされた扉を
抜ければ見覚えのある景色がクラウスの視界に広がった。
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