#7


「すまない。ちょっと聞きたいことがあるのだが。」


「ひっ…な、なんだい。」



男性はクラウスを振り返るなり顔を引き攣らせて固まってしまう。


恐らく自分の目つきの悪さに怯えているのだろうがそれはいつものことなので特に

気にしてはいない…が、傷つかないわけでもない。



「あの教会の鐘はどうやって鳴っているのか知っているか?昨晩も夜遅くに鳴って

いたようなのだが。」



聞くなり男性は顔面を蒼白にして慌てて周囲を見回した。


そしてクラウスに小声で耳打ちするようにひっそりと話す。



「あんた。悪い事は言わない。この国から早く出て行ったほうがいい。」


「?何故だ。何か問題でもあるのか?」


「一度しか言わないからよーく聞け。あの鐘は呪われているんだ。鐘の音が聞こえる

人間はみんな、神隠しのように消えちまう。実際にあれが鳴るのは静寂の日の時だけ

で、それ以外は鳴った例が無い。本当だ。」


「神隠し…?では、月の女神とやらに会えるのだろうか。」


「おかしなことを言うな。とにかく、長居することはお勧めできねぇ。今までに

一体何人が消えて帰って来なかったことか…。」


「そうか。肝に命じておこう。」


「それと、どうやって鳴ってるかなんて誰も知らない。昔の王妃様が誰も鳴らせない

ようにしちまったらしいからな。余計な世話かもしれんが…あんまり教会のことや

鐘の音が聞こえるなんて話はしない方がいい。」


「ああ…あまり、良い話は聞かないからな。先代の王妃の怒りを買うとか。」


「それもあるが。何より今の両陛下は表向きはとても優しいのだが…女神様を信仰

する者たちには容赦ない。」


「なるほど…?」



密かに女神を信仰している者たちの存在がある。


それならかの者たちに接触して話を聞ければ、ルーナ王国の中立を保ち続けられる

女神の加護とやらの正体に近づけるのでは。


男性には礼を言って別れ、少しだけ進展した情報を元にクラウスは頭の中で次に

やるべきことを考える。


いつの間にか日は高く昇り時間は昼を告げていた。


とりあえずは情報整理も兼ねてどこかで休憩しようと手頃な店を探して歩いていると

偶然にジャックと鉢合わせる。



「おう。何かつかめたって顔してんな。」


「ああ。気になっていたことがわかってな。ちょうどいいから少し付き合え。」


「はいはい。」



ジャックは相変わらず眩しい笑顔でクラウスに従ってついてくる。


見つけた喫茶店で軽食を摂りながら二人は途中経過を報告し合い、ジャックが聞け

なかった話の続きを伝えれば『先越されちまったか~』と苦笑された。


休憩も束の間、クラウスはジャックと別れた後に如何にして信仰者を探すか思案

しながら街を歩く。


彼らがそうであるという何かしらの特徴…例えば自分と同じように聞こえるはずの

ない鐘の音が聞こえるなどといったものがあればいいのだが。


外見的なもので判断がつかない上にルーナ王国の両陛下が目を光らせているとなれば

骨が折れることは間違いない。


結局、日が暮れて辺りが薄暗くなってくるまで粘ってはみたもののこれといった

成果は得られず打ち止めとなった。


宿へ戻る道すがらクラウスはなんとなくリゼリーのことを考えていた。


彼女は今夜も一人あの庭園に出ているのだろうか。


明かりの無い暗闇の中で、月明りに照らされながら草原の中を歩いて何を思い

何を見つめているのだろうか。


悶々と考えているうちに宿の前まで来て、扉を開ける手を止めた。



――気になるなら、行けばいいじゃないか。



頭ではわかっていても行動に移せないのは、昨日と今日とでは状況が違うから。


昨夜はたまたま王宮でパーティーが催されリゼリーに付いていたであろう侍女たちも

出払っていたから、何の気兼ねもなく過ごせた。


今日は恐らく、そのパーティーはないだろう。


だとすればリゼリーが一人で庭園にいることはあり得ない。


こっそり会いに行って見つかってしまえば大騒ぎになることも間違いない。



「……いや、待てよ。そもそも、何故隠れながら行かなければならない…?リゼは

国王夫妻の娘だと言っていた。それなら。」



途端に迷いが吹っ切れてクラウスは決意したように一人頷く。


そして宿の部屋に戻るなり既に待機していたジャックに次の日の予定を告げて、

彼から目を丸くされるのはいうまでもなかった。


後から戻ってきた軍友も次いで驚きを隠せず揃って問うてくるものだからクラウスは

特に何も思うことなく素直に返す。



「確かに情報が揃っていない中で国王夫妻に挨拶へ行くのは時期尚早かもしれない。

が、俺は彼らの娘である王女に直接会って話がしたいんだ。」



深い意味は無い発言なのだが純粋に喜んでいる軍友の傍ら、ジャックはやれやれと

言いたげに肩を竦めて了承していた。

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