#5
無事に宿へ戻って合流できたクラウスたちは翌朝、部屋に備え付けてある小さな
テーブルを囲って情報交換しながら朝食を摂っていた。
「人が集まる酒場や上流貴族が多く利用するテラスなどを当たってはみましたが…
やはり我が国と同じような噂ばかりでしたね。」
「戦争を回避できるのは一見普通でも実は凄い賢王様のおかげだとか、年寄りは
口を揃えて女神様のご加護によるものだとか。」
初日から手掛かりを掴めるとは思っていないクラウスは軍友の話に耳を傾けながら
今日はどの辺に探りを入れるか思考する。
東と西の国境を跨ぐように建つルーナ王国では旅人の他にも貿易が盛んであった。
グランウッドを出る前に確認した資料に載っていたルーナ王国の発展していった
歴史の一部によれば…
完全な中立を守るこの国に対立する『敵国』が存在しない以上、他から脅かされる
危険が無いと判断した商人たちは安定した儲けと自身の安全を優先して我先にと
店を構えていったそうだ。
遥か昔は寂れていて本当に何も無かった殺風景な街並みは数年であっという間に
今のような人で賑わう姿に変貌する。
しかし、当時は戦争を一度もしたことがない国がなかったほど荒れていた。
にも関わらずルーナ王国は『建国から一度も戦争をしたことがない』と謳って平和を
守り続けてきた。
これが事実であったとしても戦争狂で血の気の多い輩が多かった時代に、交渉など
という甘い手が通用し続けたとはどうも考え難い。
もう一つ気になっているのは、同じく歴史に記載されていた内容で『当時の善き国王
の采配により国は守られ発展した。王は自ら剣を捨て、民に月の女神の加護を説く。
彼女を愛し敬えば安寧は約束される。』という文章。
神を崇拝しその加護によって何度か危機を逃れたという経歴ももつらしいルーナ王国
だが、実際に『加護であるもの』なのか『偶然起こったもの』なのかを説明できる
者はいないらしい。
というのも、前回までに調査で来ていた使者がその事実を確認しようとあらゆる人に
遠回しに聞いたりストレートに尋ねても返答には『らしいです』や『かもしれない』
などといった曖昧さで、国民も神を信じ崇めているふうには見えないという。
クラウスが押し黙って思案していると隣で食後の紅茶を楽しんでいたジャックが
さも自分の出番かといった様子で口を開く。
「オレが聞いた話によれば。この国では16年に一度、国全体で黙祷を捧げる日が
あるらしいぜ。行われる年や日は決まってないから、やる時は城から伝令の兵が
街へ報せに回るんだと。」
「黙祷…?それは一体誰に対してなんだ。ルーナ王国を守ってきた今までの国王に
対してなのか?」
「いんや。歴代の王様方にはそれとは別で毎年祭典が行われるらしい。」
「じゃあ、どなたに向けてなんでしょうか。」
軍友の問いにジャックは何故か苦笑して首を横に振った。
「それがさっぱりなんだ。聞いても住民は『城からの伝令だから詳しいことはわから
ない。でも必要なことだから。』としか言わなかった。」
「少しおかしくないか。わからないのに必要なことであると知っているのは。」
「だよなあ。そんなんで、オレはその辺りを探ってみようと思うんだ。ところで
クラウスの方はどうだったんだ?」
「俺は…」
聞かれて昨日たまたま見つけた庭園とリゼリーのことを話していいものか迷う。
ジャックたちは信頼のおける人物だから伝えておいて特段何かやらかすわけでも、
変にちょっかいを出されるわけでもない。
それでも彼らに話すにはまだ自身に心の準備が必要な気がした。
「いや。俺も特にこれといった話は聞けていない。逃げた先が不運にも城の近くで
令嬢に見つかりそうになるわ衛兵が付近を歩いてるわでそれどころではなかった。」
「それは災難なことで…。」
朝食兼初日の調査報告を終えた一同は宿を後にそれぞれ二日目の調査へと発つ。
クラウスはもうしばらくだけ部屋に残ってルーナ王国内の案内地図をテーブルに
広げて眺めていた。
地図の中央に大きく描かれた王城から伸びる左右と下の方へ続く城下町。
城の上側は森が広がっていて描かれてはいないが、恐らくそこで自分は昨日リゼリー
と出会ってほんの数時間を過ごした。
とても穏やかで新鮮な、心地よい時間だった。
グランウッドでも遠征でも今まで自分に心落ち着けるような時間はあまり存在せず
常に何かに追われているような日々。
自国に居れば令嬢に追われ、遠征では敵に追われ…。
他国の王子は悠々と快適に自分の人生を送れているというがそれは一体どうやって
手にしているものなのだろうか。
クラウスは一つだけ軽く息を吐いてふと思い出す。
昨夜、遠くで聞こえた鐘の音に反応してリゼリーは急に焦り出した。
パーティーの終わりを告げたと言っていたが他にも何かありそうな様子だった。
人に見つかってはいけないという理由だけで、あんなにも蒼白になって焦ったり
するだろうか。
最悪見つかってしまったとしても迷い込んでしまったと謝罪して自身の身分を隠さず
証明すれば不審者扱いは避けられるだろうし、リゼリーも自国の王女なのだから
特別罰せられることはまず無いはず。
「怪しいな…。リゼに聞いてみるか…いや、まずは鐘を調べてみるべきか。」
ルーナ王国を何度か訪れた際に目にしたことがある大きな鐘は一つだけ。
城下町の中央広場に設置された小さな寂れた教会の上にそれはある。
クラウスは地図をしまって早速その場所へ向かうことにした。
宿を一歩でも出れば今日も変わらず人で賑わう街の明るさに国内の平和が痛いほど
伝わってくる。
西と南の幾つかの国は互いに領土拡大のために戦争を続け、北の国は疲弊した他の
国々を狙って滅亡させないでも属国へと下らせている。
東に栄える我がグランウッドは売られた喧嘩しか買わない主義な国王のおかげで
無駄な争いも疲弊も回避しているが、いつ起こるともわからない戦争に民が怯えて
暮らしているのも事実。
ここまで安穏としていられるのは本当にルーナ王国だけなのだ。
そのことを改めて痛感しながら地図を頼りに教会へたどり着くと一人の老婆の姿が
目に入る。
どうやら教会の中に入ろうと扉を開けようとしているのだがうまく開けられない
ようで困っているようだった。
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