#2


ルーナ王国へはとても順調にたどり着いた。


荒天に見舞われることもなく快晴な空の下、何度か立ち寄ったことのある村を

訪れては経過を聞きながら宿に泊まって夜を過ごし、早朝に発っていく。


遠征にはジャックと、同じく軍で長い付き合いの気の置ける者を二人だけ共にして

国を出た。


到着してまずは情報収集のために城下町を散策する。


今回は正式に訪問する旨をルーナ王国国王に報せていないため、身分を公にすると

騒ぎになって後々に面倒なので服装は事前に用意しておいたそこそこの貴族風な

身なりにしてその上にローブを羽織っている。



「なあクラウス。」


「なんだ。」



散策の途中、不意にジャックから声をかけられて振り返る。


目の前の親友はどこか悩まし気な表情を浮かべてこちらを見たまま呟く。



「もうちょっとだな、その王子様オーラはなんとかならないのか?」


「何が言いたい。」


「いやだからね。オレの予感が危険を告げているんだよ。このままじゃバレるのに

時間がかからないって。」


「……?」



ジャックのこういった唐突な予感は経験上、ほとんどの場合当たる。


それは彼が自分の良き従者であろうと裏で様々な努力をした結果らしいのだが今

でもその親友が言いたいことは理解できない。


まず。王子様オーラとはなんなのか。


服装はどこからどう見ても一般貴族と同じ物だし旅人も多く滞在するルーナ王国では

クラウスのような髪色も目の色も珍しいものではない。


容姿に関しても特段ずば抜けて自慢できるほど良いとは思っていないしむしろ中の

上くらいではないだろうか。


目立つかどうかで言うならジャックの金髪の方が遥かに人目を引く。


素直にわからないと説明を求めようとしてクラウスが口を開きかけたとき。



「ねえねえ!やっぱりクラウス殿下だわ!私さっきお話しちゃったわ!」


「えーずるい!私も殿下とお近づきになりたい!」


「私あちらに行かれたのを見たわ!行きましょうよ!」



先ほどまでに通過してきた通りの向こうで甲高い女性たちの声が聞こえた。


その声が大きくなってくるのがこちらへ近づいていることを示している。


言わんこっちゃないとジャックの顔色が悪くなって、クラウスは面倒に思いながら

フードを目深く被って急ぎ指示を出す。



「見つかったら面倒だ。各自バラバラに分かれて撒いたあと情報収集の続行に

かかれ。宿でまた落ち合おう。」



言ってすぐに四人は解散した。


それぞれ違う道に入り、出会いそうになった令嬢は建物の陰に身を潜めるか人の中に

埋もれてやり過ごす。


日が落ちる頃になればさすがに諦めるだろうと踏んでいたクラウスがフードを外した

直後、不運にも王城の近くまで逃げていたらしくたまたま今日は王宮でパーティが

ある様子で客人が集まり、更に昼間自分を追いかけていただろう令嬢たちの姿が

遠くに見えた。


よくないことは何故こうも連続するものなのか。


幸いにして薄暗く視界が悪くなってくる時間なので彼女たちはまだクラウスに

気づいていないようだった。


グランウッドではないのに他国でこうまで有名なのは何度も行った遠征と農村の

民が広げた彼の人の良さを語る噂のおかげだが、まさか一日も経たずバレてしまう

とは露ほどにも思わない。


表立って行える遠征とは違って相手に気取られないように調査するのは存外大変

なのかもしれないと身に沁みながらクラウスは王城から離れるべく踵を返す。


そして今度は城の衛兵の姿が視界に入って思わず近くの茂みに隠れた。



――敵国に潜入しているわけでもないのに、何故隠れなければならない…?



無意識の行動とはいえふっと沸いて出た疑問に小さく自嘲する。


普通に考えれば身分を隠した不審者が城の周りをうろうろしていたら怪しいし衛兵に

見つかって捕まりでもしたら騒ぎどころではないのだが、この時のクラウスはやっと

解放されると期待していたのを裏切られたようでとても苛立たしく思っていた。


原因の発端は間違いなく昼間の令嬢たち。


ますます自国の婚約者選びなどという茶番に嫌気がさして帰国したら国王である父に

夜会を減らすようもっと抗議してやろうかと考えながら、近くを去って行く衛兵とは

逆の方向へゆっくりと進む。


見張りのいない方へ道なき道をしばらく歩いていると、手入れの行き届いていない

錆びれた鉄の柵状の扉を見つけて不審に思う。


ちょうど王城の裏手近くになるこの場所は万が一攻め込まれた場合、死角になる。


そこに衛兵どころか侵入者を拒めるような高い壁も存在しない。


錆びた扉では『入ってください』と言っているようなものである。


クラウスは苛立たしいこともあって特にその先に人がいるかもしれないことを

考えず鍵もかかっていない扉に手をかけて中に入った。


背の高い木々に隠されるように包まれた自然の衝立の向こう、眼前に広がるのは

いつの間にか出てきた月の強く眩しい明かりを受けて輝く草原と――その上を踊る

ように跳ねる一人の少女の姿。


月明りを反射して煌めく幻想的な少女の白銀の髪は暗い中でもはっきりとわかり、

彼女自身がまるで光を発しているような気さえする。


ひらひらと蝶のように舞う少女に自分が目を奪われているとも気付かずにクラウスが

近寄ると、草を踏み締める音に気づいたのか少女はぴたりと動きを止めてこちらへ

視線を向けた。



「お兄さんは、だれ?どこから来たの?」



こてん。と可愛らしく首を傾げて当然な問いかけをしてきた少女にクラウスは

返事に詰まった。


王城の近くにいるからには王族と関わりのある人間かもしれない少女に無闇に自身の

身元を明らかにすることはできない。


だからといってこのまま黙っていても不審を募らせるだけ。


少しの思案の末、ここは無難な答えを返すことにした。



「ああ、悪い。俺は今日この国に初めてきた旅の者なんだ。宿に戻ろうと思って…

どうやら道に迷ってしまったみたいで。」


「ふふっ…そうなんだ。じゃあ、私とおんなじ。」


「君も、迷子なのか…?」



柔らかい笑みを浮かべて佇む少女からはそんなふうには見えない。


けれども小さく頷いて肯定してきた彼女は自らクラウスに近寄って、ふわりとその

小さな手でスカートの裾をつまみお辞儀する。


その姿はまるで一国の王女のようで――

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