第36話

 ーー 夕方 帰りの定期馬車 ーー


「あー!!つっかれたぁー!!帰ってさっさと飯食おうぜ!!」

「まあ、色んな意味で疲れる一日だったよ。」


 ガタンガタンと木の車輪が土を踏む振動に揺さぶられながら馬車の木箱の様な長椅子で伸びをする。

 イクコは持参した携帯枕を頭の下に敷いて横になっている。


 こんな時間だから達成の報告も明日になるだろう。


 そんなことを考えて真っ赤に灼ける夕日を見る。


 ふと、夕日を見て哀愁漂う悲しい表情をしたアツシが視界の端に映る。どうしたのだろうか。

 アツシは自分の視線に気づいて静かに笑った。


「いやなに、ちょっと思い出してたんだよ。」

「何を?」

「オレの死んだ日。」


 息が詰まる。そして、やはりか。自分達勇者は皆日本で一度死んだ者達だという考えがほぼ確実な物となった。


「あ、そうだ。どうせ暇ならちょっと聞いててくれよ。綺麗な夕焼けと馬車の揺れのBGMだとでも思ってさ。」

「分かった、聞いてる。ちょっと興味あるしね。」

「あんがとよ。アレはな.........」


 アツシは語り始める。



 ーー 八月 十二日 H県のとある大型スーパー ーー


 オレは家の近くにある大きなスーパーのフードコートに昼飯を食べに来ていた。

 日曜の昼時とあってフードコート内は子連れの家族で込み賑わっていた。


「ぷっはー!!やっぱラーメンは豚骨に限るな!!ご馳走様!!」

 脂っぽくなった口内に水を流し込む。


「後は......かーちゃんに頼まれた卵と豚バラと......食料品は全部下か。行くか。」


 下に降りようと階段へと向かう。


 その時であった。


 ジリリリッ!!!!とけたたましいベルの警報音が建物内に鳴り響いた。


「何だ!?何だってんだよ!!」


 子供が泣き、父親が慌て、母が子を抱く。周りの人の混乱は先程の団欒めいた昼時からは考えられない。


『火事です!!一階食品売り場から火災が発生しました!!エレベーターは止まりますので非常階段を使って落ち着いて避難してください。職員が案内しますので落ち着いて行動してください。繰り返します...』

「うっそだろ!?」


 しかし一面ガラス貼りから見える下から立ち上る灰色の煙が今の状況をウソでも冗談でも無いことを無情に告げる。


 人々は焦り、焦った店員の指示も殆ど聞かずに非常階段へと流れ込む。


「って、見てる場合じゃねぇ。オレも行かないと!!」


 走り出そうとした瞬間、上から爆音が聞こえた。どうやら一個上の階で使われているガス管に、どうやってか、引火したようだ。


 爆発の衝撃で天井が一部崩落する。

 大きな音に驚き、避難する人の足が速まる。


 かなり出遅れたがオレも人の流れに加わりに行く。



「ゔあ”あ”あ”!!!!ああああああ......」

 背後から子供の泣く声が響く。後ろを振り返ると赤く塗られた崩落した瓦礫を前に泣く恐らく未就学児の女の子がいた。

 よく見ると辺りに人のパーツやポシェット等が散らばっていた。


 瓦礫の赤色はこの子の母親だったという事だ。

 そう冷静に考えが行ってしまい、気づくと、先程あれだけ幸せそうに食べていたラーメンを吐き出してしまっていた。


 そして今の状況を思い出して我に返る。


「そこのチビッ子逃げるぞ。歩けるか?」

「ゔわああああん!!!!」


 只只、泣くばかりであった。

 足に目がいく。女の子の足はあらぬ方向に曲がっていた。脱臼か骨折だろう。


「行くぞ、がんばれチビッ子。しっかり掴まっていろよ。」


 オレは女の子を背負い、身元確認に使えるだろうと思いポシェットを手に取って走り出した。


 非常階段は人で溢れとても入れる状況では無い。

 人はただ下へ下へとゆっくり、粘度の高い液体が下に垂れるかのように、流れている。


 しかしある時、その流れが逆流する。ある人の叫び声に因ると一階は完全に火が回ったらしい。

 今度は逆に上へ屋上へと人々は向かう。


「クッソ、人が密集し過ぎて入れねえ!!」

 結局最後尾になってしまった。


 階段の上の方に行くにつれ煙が充満している。

 オレは女の子を背中から降ろし両腕で大事に抱く様に抱える。足に負担が行かないように気を配りながら口元を内側にして、そんな持ち方をしているので非常に体力を使う。


 煙を少し吸って意識が朦朧とする。眠りそうになるのを意志と意地で振り払い、口を閉ざし息を止めて、残り僅かな階段を登りきる。


「ハァー......ハァー!!ぅ、ゲェホ!!!!」


 何とか屋上に辿り着く。屋上では消防士のはしご車による救助が少しずつ、少しづつ行われていた。


 そして、俺の前のビジネスマンらしき男が籠に乗った。


「この子を頼んだ!!脚を怪我してる!!これはこの子の母親のモンだ。」

「感謝します。若いのに大したもんだ。君はすまないが次のに乗ってくれ。」


 人を乗せた籠が下に降りた。豆粒程度にしか見えないが女の子が担架に乗せられたのが見えた。


 安心した途端、目眩に襲われた。上下左右の感覚が狂う。手足の先が痺れる。眠気が襲う。


(ああ、もうダメかもな......)


 国語で出てきた『人事を尽くして天命を待つ』ってこう言う事だったかな。そんな他愛も無いことで笑ってしまう。


 ドサッ、と非常階段の方から音がした。

 ボヤけた目で見ると、小学生低学年位の男の子が煤まみれの姿で倒れていた。あの火と煙に包まれここまで登って来たのだろう。


 男の子は僅かな力を振り絞って這ってくる。


「どうせ死ぬ命、最期にチビッ子のもう一人位救って見せようじゃねーか!!」

 オレは決心した。


 オレは脚を引き摺って男の子へ寄る。


 服の磨り減った前半身を上に向け顔を覗く。

 虚ろな目をして表情の無いその顔はもう力が残ってない事がよくわかる。


「よく頑張ったな。」


 ニカッと笑いかけ頭を撫でる。男の子の反応は微かなものだ。

 オレは男の子を背負ってタイミング良く登ってきたはしご車へと向かう。

 最後の力で男の子を消防士に手渡す。


「この子を頼んます......!!」

「君は......凄いな。君は英雄だ。さあ早く乗って、英雄の凱旋だ。」


 手を伸ばすがもう脚に力が入らず、仰向けに倒れる。


「もうちょっとだ!!頑張ってくれ!!」

 オレはふるふると首を横に振る。


「すんません、もうダメみたいっすわ。」

「そんな事言うな!!あと少しで君も助か、あっ!!!!」


 スーパーの柱が燃え、自重に耐えきれなくなり崩落する。

 オレの身体も巻き込まれ瓦礫と一緒に落ちていく。


 最後の景色は真っ赤に染まっていた。



 ーーーー


「で、オレは死んじまったって訳だ。」

「それは......なんとも。」


 凄惨な話だった。


「まあ余り思い残しは無いし、強いて言うならばオレの助けた子達の安否が心配な位か。知らんか?」

「ニュースで大々的に言ってたけど詳しくは......」

「その火事、死者は七人だったわ。」

 イクコが欠伸をして答えた。


「知ってんのか!?」

「なにせ私の殺される一週間前だから。その内訳は七十代夫婦、五十代男性、二十代男性と女性、三十代女性と.........十代馬鹿一人よ。良かったわね。」

 イクコは皮肉めいて笑った。


「良かった......助けられたんだな......」

 アツシは笑いながらボロボロ涙を流して言った。

 そして目元を拭った。


「......っておい待てコラ、チビッ娘。バカとはなんだバカとは!!」

「どう考えても馬鹿でしょ。なんでそこで諦めんのよ、生きてるならもっと生き足掻きなさいよ馬鹿。」

「んだとォ!?」


 星空の下、馬車の中は王都まで賑やかだった。

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