第9話
訓練場は土の均された楕円形で学校のグラウンドに近かしいもので、少し懐かしさを覚える。
皆、落ち込んでいた。それはそうだ。一人が地獄へと送られたのだから。
「勇者の皆様方、先ずは基本的な体力テストになります。この訓練場を五週、距離換算で四キロメートルを走って貰います。」
長距離走と聞いて、また空気が明らかに沈む。それはそうだ。おそらく前世の体力テストで皆嫌いだっただろうから。
それでも皆は夢中で走った。多分走っていると考える事も少なくなるから。クロトの事を少しでも考えないようにする為。
ふと、走っていて余り自分が疲れていないことに気づいた。
少しペースを上げてみる。
今、三週を過ぎたところだ。距離にして二四〇〇メートル。未だ息が上がっていない。
他の三人もペースを上げる。その速さは全力疾走かとも思えた。
けど彼らの様子は流している様にすら見える。
なんやかんやで残り一周。
全力で走ってみた。少し訓練場の土が抉れた様な感触があった。体感で時速六十キロは出ているのではないだろうか。
三人もトップスピードへとギアを上げる。
するとどうだ、コウイチが少しずつアツシとイナホを離し始め自分に迫って来た。そして残り二〇〇メートル弱程のところで遂に追い抜かれた。
「おぉ、流石は勇者様だ!」
「四キロをたったの五分で完走するとは!」
「息も殆ど上がっていないぞ!!」
辺りで訓練していた王属騎士達が歓声を上げる。その長であるジゼルは喜ばしそうに微笑んでいる。
唯、この体力は異常だ。
自動車と同じ位に速くて、やっと身体が温まってきた程度だ。
丁度今周回一遅れでゴールしたイクコも含め、特に疲れた様子も無い。
「僕達の体力、かなり強化されているみたいだ。」
「凄いな。ほぼ自動車と同じ位だ。」
「ああ。俺の体じゃ無いみてーだ。」
「今まで必死にタイムを出そうとして来たのが一寸、馬鹿馬鹿しく思えてきたわね。」
「そもそも無意味に走る事が馬鹿馬鹿しくない?」
イクコの言葉にイナホがショックを受け、膝から崩れ落ちた。
揃った自分達にジゼルが歩み寄った。
「流石、勇者様ですね。素晴らしいタイムです。我らが騎士団でも速い方でしょう。」
ジゼルがにこやかに告げた。だが、これで速い方程度?
「騎士団の方はもっと速いんですか?」
「えぇ。例えば.........いたいた、リンダ、フロロ。」
丁度対人の稽古の合間だった二十歳前後の金髪をきっちり整えた
「父さん、ご用ですか。」
「騎士長、なんでスか。」
「紹介しよう。我が息子ライモンダと若手のエース、フロロだ。」
「お初に御目に掛かります勇者様、ジゼル・ディーマンが長男、ライモンダ・ディーマンと申します。」
「はじめまして勇者様。フロロ・グレイと言いまス。よろしくっス。」
一見、五十人程見える王属騎士団は二人より年上の騎士が殆どだ。後に聞いたところ、二人は歳も近く才能に溢れるのでよく競い合っているらしい。
「二人は若いが騎士団でもトップクラスの健脚でして、ちょっとご覧に入れましょう。リンダ、フロロ、五週だ。」
「魔法と道具の使用は?」
「無しだ。」
「了解っス」
「用意はいいか?」
「何時でも」
「OKっス。」
「おい、ライモンダとフロロが走るってよ!」
「道を開けろ!吹っ飛ばされるぞ!!」
「俺はリンダ坊にククリア銅貨二枚賭けるぜ!!」
「儂はフロロの小僧に銅貨四枚賭けるぞい。」
訓練していた騎士達は手を止め、観戦を始め騒ぎ出す。ある者はいつの間にか大きな旗を降り始めた。
「用意、始め!!」
ジゼルが号令を出すと一瞬二人の姿が霞んで消えた。その姿を探すともう六百メートルを過ぎていた。追い越し追い越されて、ほぼ並走していると言っていい。
「ふむ、少し物足りないか。」
ジゼルはどこからか取り出した大量の短剣を二人に投げた。
しかし最低限の動きで無駄無く躱しているのか殆どそのスピードは落ちない。
あっという間に五週目に入った。まだ一分ほどしか経っていない。
そして、二人同時にゴールした。
『記録は!?』
二人の声は重なる。
「リンダが六十一 . 九八九、フロロが六十二 . 〇〇三だな。」
その差〇 . 〇一三、ほぼ誤差の様な数字だった。にも関わらず、
「ぃよォし!!勝ったぞ!!」
「うぐわああぁ!!リンダに負けたぁ!!」
と、運動会の最終決戦の様な喜び様と悔しみ様である。
後ろのギャラリーも喜んだり悔しがったりしていたが、
「ははっ、速すぎる......」
皆一様に眼を疑っていた。
「リンダ、フロロ、成長したな。」
「父さんには到底敵いませんよ。」
「騎士長程じゃないですって。」
「ジゼルさんはどれぐらい速いんですか?」
自分は訊ねてみた。
「父さんの速さは、自分達でも触れることすら出来ない位ですよ。伊達に人類最強の一人な訳ではありません。」
その解答に、自分は戦慄し背筋が凍るような感じがした。
ジゼルは、ハッハッハと笑っていた。
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