第8話

 翌日の朝、慣れない天井で目を覚ます。貸し与えられた貴賓室のベッドはふかふかで質のいいものだった。


 朝食は部屋に運ばれてきた。今回は料理長ではないらしいが、それなりの手間と金額がかかってそうな豪華な朝食だった。


 朝食が終わり、寝間着から動きやすい軽装に着替えさせられると広い王城の一角にある王属騎士本部詰所に勇者六人は集められた。


「二日目からいきなりではありますが訓練を開始します。」


 ジゼルは言った。


 また、勇者の訓練初日であるからかストラクス王も詰所に来ていた。


「先ずは先に装備を配付します。比較的、ありふれた物ではありますが魔法のかかった鎧です。サイズが身体に合わせて調節されます。」


 鎧は軽い金属の胸当てと腰当て、伸縮性のあるジャケットとグローブとスキニーパンツのようなものだった。軽くて薄いものばかりなのでその防御力が心配だったが、なんでも魔法の合金と凶暴、且つ強力な魔獣の革から出来ているらしく、一般家庭の使っている包丁程度では、かすり傷もさえも出来ないらしい。


「次は剣です。が、皆様は聖剣を持ってらっしゃるので、主には訓練用となるでしょう。」


 渡されたのはそれぞれの聖剣の形に近しいごく普通な鉄の剣だった。


「では、訓練場へと移ります......が、陛下。」

「有無、いきなりで悪いが若き勇者達よ残念な報せだ。」


 ストラクス王が神妙な面持ちで割って入る。ただ、どこか思い詰めているようにも見える。


 六人に動揺が奔る。二十秒前の何処か浮ついた雰囲気はなりを潜めていた。


「闇の勇者クロト、お前は『辺獄の地下迷宮』へと行って貰う。残りの者は予定通り訓練場で王属騎士と剣の訓練だ。」


「...............は?」


「闇の勇者の力は魔族の力にかなり似ている。お前は危険だ。」


 こうなった。なってしまった。クロト、と言うよりも闇の勇者を取り巻く空気には気付いていたのに。


「待ってください!!俺は勇者なんでしょう!?魔族と戦う、魔王を倒す者のはずだ!!と言うか、そもそも辺獄の地下迷宮ってなんなんだ!!」


 クロトは叫んだ。


「これは決定事項だ。」

「嘘だろ?」

「事実だ。」

「お前らもなんとか言ってくれよ!!なあ、アツシ!!イナホ!!ユキヤ!!イクコ!!...コウイチィ!!」


 その叫びは余りに、十七歳が叫ぶ事は普通有り得ない、悲痛な慟哭だった。


 そんな彼を見るジゼルとストラクス王の目は、臭い物に蓋をしようとする人のする目では無かった。どちらかと言うと、精神的苦痛により今にも死んでしまいそうな様子で。


「あの.........ッ!!」


 自分はその顔を尋ねようとした。


 大人二人が自分を睨んだ。


 その眼光に宿る決意と威圧に自分は言葉を収めてしまった。


 二人の決意を曲げてでも、言えばよかったかもしれないのに。



「辺獄の地下迷宮とは闇の魔力を纏った魔物が徘徊する、封印指定ダンジョンの一つだ。別名『不可帰かえらずのダンジョン』。支度はしよう。連れて行け!!」


 二人の騎士が荷物の入ったカバンを持ってクロトを連行する。


「離せ、放せよ、殺してやる。生きて帰って必ず殺してやるぅぁあ!!!!」


 暴れ、叫び、涙を枯さんとするほど流して。クロトは辺獄の地下迷宮へと連れて行かれた。


 部屋には悲しみと、後悔と、自責の念と、自分でなくて良かったという安堵に満ちていた。

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