第7話

 自分達が異世界に召喚された初日の夜。料理長謹製の夕飯は昼食より更に凝ったものが多かった。まだ互いの遠慮はあったが、名前も知らない昼と比べて明らかに親睦が深まって、ぎこちなさは減った。

 そして料理長は今度は絵画と壁の間に挟まっていたのをイナホが見つけた。


 その後、自分は廊下でフレイアと会った。


「こんばんは、ユキヤ様。今宵は金月の夜、小さな星々を見るには明る過ぎますが、とても美しくございますよ。」

「そうですか、月のよく見える所は何処に有りますか?」

「ええと、城内ですと王妃様、姫様方のおわします月星げっせいの塔がよく見えますが、あそこには許可無く立ち入る事は出来ませんので、ふむ......そうです!少しお付き合い頂いて宜しいですか?」


 どきんとした。付き合うってそう言う事では無い。けどフレイアみたく美しい女性にそう言われ少し期待してしまう。前世ではこんな事無かったけど、なんたって今は勇者だから。


 少し頭を振って邪念を払う。


「是非ともお願いします。」

「ふふっ、ありがとうございます。では失礼して、請い願うは『天翼の加護』!」

「うわっ!!」


 凛とした声で短い祈りの言葉を唱えると、自分達の身体は重力を失った。


「これは『天翼の加護』、人の身体を浮かせることの出来る加護です。さ、参りましょう。」


 そう言ってフレイアは自分の手を引いた。窓から出て翔ぶ。夜の月空を翔ぶ今、自分達が御伽噺の妖精になった気分だった。


「わァ、街の灯りが...」


 城に屋根を廻って座る。ククリア王国の城下町はそこかしこのレンガ造りにオレンジの灯りが点っていた。時折家の中で駆ける子供の影が道路に映っていた。


「綺麗な街ですね。」


「ふふっ、そうでしょう。私達自慢の宝物です。後、綺麗なのは下だけでなく上もですよ。ほら。」


 そう言って指差す斜め上の月は前世のそれとは比べ物にならない程金に輝き、大きく見えた。


 心地よい秋の夜風が沈黙を促す。けれど、この美しさの感想は言葉で言う間でもない。言い表せないと、思った。


 ただ心の端につっかえるものが一つ。


「すみません、ちょっと良いですか?」

「?なんですか、そろそろ戻りますか?」

「いえ、もう少しここに居たいです。」


 そう言うと少し嬉しそうにした後、すぐに不思議そうな顔をした。


「なら、どうしたんですか?仰ってください。」

「クロトのことです。」


 フレイアはピクンと一瞬強ばった。


「闇の勇者様がどうかしました?」


 この表情は、分かっている。此方の言いたいことをもう理解した上でとぼけている。


「クロトが『闇の勇者』とわかった時、明らかに周りの空気が変わりました。多くの貴族はクロトのことを忌む様に、そして、貴女やストラクス王、ジゼルさん達は悲しげな顔をしていました。」


 フレイアは息が詰まる様な、辛そうな、苦しそうな、それでも必死に作り笑いを浮かべようとしていた。


「何でもありませんよ。一寸考えることがあったんでしょう。まあ闇って魔王の仲間みたいですしね。そんな事は無いですけど。」


 フレイアの口調は強ばった少しの早口になっていた。


「さ、さあ戻りましょう。ここは冷えますからね。ユキヤ様、楽しかったです。」


 返答は出てこなかった。


 また天翼の加護で空を飛んで窓から廊下へ戻った。


 飛んでいる時見えた彼女の顔は、泣きだすのを我慢した顔だった。

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