第34話 五月二十五日(6)


その日は、それで終るかと、佐川悦司には思われた。

凪子は、悦司を送ると、帰っていった。


マンションの部屋の灯かりを点けて、タキシードを、ガウンに着替えて一息つく。

そこに、携帯スマホの電話音が鳴り響いた。


「佐川です。」


悦司の返事に、向こうは無言のままだった。


「もしもし」


悦司は、二度繰り返して、携帯を切ろうとした。


「切らないで。」


電話口から、叫ぶような、声がした。


「誰?」


悦司は、そのただならぬ声に、驚いたように、訊ねた。


「しおりさん?」


何故か、しおりのような気がした。

電話の向こうで、しおりが泣いている…そんな気がした。


啜り泣くような声がして、無言が続いた。


「今日は御免なさい。」


しおりの声だった。

やっぱり…悦司は、自分の直感が正しかったことを、まざまざと思い知らされた。


「踊れなかった。」


「ぜんぜん踊れなかった。」


しおりは、独り言のように、言葉を継いだ。


「何があった?」


悦司は、電話口で、やさしく訊いた。


嗚咽が、続いた。

悦司の質問には答えずに、しおりは、電話口で泣き続けた。



―つづく―

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