第33話 五月二十五日(5)


え?会えないんですか?


三沢えりこが、楽屋口で、大声を出した。


「ノンノン」


団員の一人が、首を振って、えりこたちを謝絶した。

少ししかフランス語を話せないえりこには、交渉の術がなかった。


「ダメなんだって。」


悦司の専攻は、ドイツ語だった。

二人は、顔を見合わせて溜息をついた。


えりこは、すごかったね、と、気分を高揚させていた。

あの、舞台衣装、すっごく良かった。

あんなの着て踊れて、しおりは、幸せ者だよね。


悦司は、黙っていた。


皆気付かなかったのかなあ?


しおりが心配だったが、面会を謝絶されては、どうしようもなかった。


悦司が、えりこと帰ろうとしていると、二階席から階段を下りてくる凪子たちに出くわした。


「初めまして。」

えりこが、凪子に挨拶した。

「初めまして。」

凪子は、鷹揚に微笑んだ。

そして、横の高坂に、笑いかけた。


「今日は素晴らしい夜だったわ。少し乾杯したいわ。」


「あなたたちもどうぞ。」

凪子は、上機嫌だった。


凪子の黒いセダンが、東京オペラハウスから、赤坂の外資系Jホテルのスカイラウンジに向かって走り出した。


凪子は、席の交渉を高坂に一任した。

そして悠然と、高坂の交渉が終わるのを待っていた。


「席までご案内します。」


日本人スタッフが、摩天楼の東京が良く見える席に、案内した。


「素晴らしい夜に、乾杯!」

えりこは、調子を合わせて、陽気に「乾杯!」とカクテルを持ち上げた。


何故か、しおりが泣いているのでは、と悦司は思った。


摩天楼の中の、東京オペラハウスの方を、見下ろして、悦司は、気分もそぞろだった。



―つづく―




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