第31話 五月二十五日(3)
宇津見凪子は、運転手に車のドアを開けさせると、東京オペラハウスの玄関に降り立った。
悦司も、それに続くように、セダンから降り立った。
凪子は、すたすたと、中に入っていった。
命じられた訳でもないのに、悦司の足は、凪子の後を追っていた。
「ふふ。」
凪子はご機嫌だった。
わたしの席は、二階席よ。
おいでなさい、彼に紹介するから。
階段を上り、二階席につくと、一人の男性が先客として、椅子に座していた。
高坂佐斗(こうさかさと)さん。
凪子は、先客に耳打ちした。
「佐川悦司さんよ。」
高坂は、切れ者といった風貌の、才気ばしった男だった。
「レザー」ってアメリカ留学中に呼ばれていたのよ。
その言葉を、聞きながら、悦司は高坂と握手した。
「今日は、面白い余興を用意したわ。」
高坂に、凪子は、笑いかけた。
そのために、わざわざ、公演を組んだのよ…。
「プリマドンナは、設楽しおり」
高坂は、その名前に、びっくりしたように、凪子を見た。
「まあ、今日は、楽しんでらして。」
凪子の、機嫌は、恐ろしい程、良かった。
「じゃあね、佐川さん。」
悦司は、謎の一端が解けていくのを、恐ろしい気持ちで、感じていた。
―つづく―
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