第20話 陰翳
佐川悦司は、車窓の宇津見凪子に目礼した。
黒いセダンは、また、走りだし、走り去っていった。
宇津見凪子という毒は、徐々に悦司に染み込みつつあった。
嫌な女と思う一方で、その反発を乗り越える引力が生じていた。
その日、ニュースを見ていた悦司は、
凪子の姿を、画面の隅に見た。
設楽しおり…。
その名前を思い出すことは、稀になっていた。
だが、その日、悦司は、「設楽しおり」の名前を、意外な所で見た。
モンペリエ・バレエ団の日本公演ソリスト。
「あなたは、若くして留学のチャンスを得て、研修生としてデビューされましたね。」
設楽しおりは、画面の中で、微笑んでいた。
パートナーのアンドレ・ファルレの横で、しおりは、生き生きとしていた。
公演は、五月二十五日です。
東京オペラハウスでの、公演が告知されて、番組は終わった。
驚く悦司を残して、画面は、ニュースに移り変わった。
今日は、セント・バレンタインデーです。街中、チョコレートを買い求める女性の姿で溢れました。M越デパートでは、女性たちのために、特別なセットを用意して迎えました…。
何かが変わった…。
悦司は、しおりへの気持ちが戻ってくるのを、感じながら、凪子への興味を押さえられない、自分を持て余していた。
―つづく―
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