第8話 嫌な女


「あなた、それ、取って頂戴。」


唐突に、佐川悦司に、国会議員宇津見啓介の娘は言った。


悦司が、黙っていると、


「あなたよ、あなたに言っているの。」


宇津見凪子…。


代々、与党の三役を歴任する家柄の彼女は、最初から、悦司に命令口調だった。

パーティの宴の席での出来事。


立食パーティで、場はざわざわとした雰囲気に包まれていた。


「君、宇津見啓介さんのお嬢さんだよ。」

悦司に、近くの中年の男性が、耳打ちする。


悦司は、にっこり笑顔を作って、応対した。

「君、彼女に、サーブして。」

近くにいたボーイに、寿司を取るように、命じた。

だが、心の中では、何てやつだ、と、唾棄したいくらい、嫌悪感を募らせていた。


「あなた、大学は?」

「J応大学ですが。」

「そう。」

興味なかったように、何も聞かなかったように、彼女は、態度を変えなかった。


悦司の中に、ふつふつと、何かが沸き起こってくる。

「お嬢様。」

宇津見の第三秘書が、迎えの車が来ることを、告げた。


悦司の、美貌は、パーティの列席者の中で、際立っていた。


「あなた、叔父の会社に入らない?」

凪子は、振り向きざまに、悦司に言葉を投げかけた。


「折角ですが…。」

広告代理店のN通に決まっていますので。


そう…大手ね。


凪子は、第三秘書を引き連れて帰っていった。


「嫌な女」


悦司にとっては、嵐が通り過ぎたような、不快な体験だった。



―つづく―



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