2組目 イケメン彼女

 僕の彼女はイケメンだ。


 

 目の前でサンドイッチをかじるポニーテールの女の子を見ながら、ふとそんなことを思った。

 

 「ん?なに?」

 

 視線に気づいたらしい彼女がこちらを見て聞いてきた。


 「え、あ、ごめん」

 「いや、別に謝らなくていいんだけどね。ただずーっとこっち見てたから」

 

 いや、もっと前から視線に気づいていたらしい。


 「あー、うん。ごめん。ちょっと考え事してて」

 「ふーん、何考えてたの?」

 「あー……。来週の修学旅行の事だよ」

 「あー、もう来週だね」


 彼女は手元のサンドイッチに視線を戻すと、再びかぶりつき、何とものんびりとした声で応えた。


 「涼宮さんはそんなに楽しみじゃない?」

 「いや、そんなことないよ。高校生活ベストスリーに入るビッグイベントだからね」

 「その割にはテンションそんなに高くないね」


 そう言いながら、僕は先ほど自販機で購入した缶コーヒーのプルタブに爪をかけた

 

 「まぁ、不満がないと言えば、嘘になるかなぁ」

 「へぇ、なんで?」

 

 そう聞くと、彼女はちょっと目をそらしながら、抑え目の声でつぶやいた。


 「そこは気づいてほしいなぁ」

 「え?なにに?」

 

 そう聞くと彼女の顔はさらに不満そうになる


 「だって、修学旅行中あんまり一緒になれないじゃん……」

 「あ……」


 そういうことか……。というか、何その顔ちょーかわいいです。

 僕は照れくさそうに笑う彼女を思わず見つめてしまった。


 「あ、渥美君……?」

 「あ、あぁ、ごめん。たしかにそうだね」


 動揺を隠すように缶に口をつけると、彼女は少し切なそうな顔をして言った。


 「渥美君は、私と一緒に行動できなくても大丈夫そうだね」

 「そ、そんなことないっ」

 「そう?」

 「うん、出来るなら修学旅行中の4日間、朝から夜までずっとそばにいたいよ」

 

 あ、思ったより大胆なセリフが出てしまった。

 というか、ここが昼休みの教室だという事をすっかり忘れていた。

 周りのクラスメイトが一瞬こっちに目を向ける。


 「ずっとって……さすがに夜はちょっと厳しいんじゃないかな」


 涼宮さんは少し控えめな声で言った。

 顔は僕以上に真っ赤……だと思う。


 

 「あ……そ、そうだよね。ごめん、変なこと言って」

 「ううん、全然変じゃない。それに、そう言ってくれてうれしい。私もおんなじ気もちだよ」

 「う、うん……」  


 うわ、やばい。なにこの幸せな昼休み。

 僕は、今の彼女の言葉を忘れないように、頭の中でリピートしまくった。


 

 「ところで、渥美君……」

 「んー?」


 僕は平静を装い、黒い缶を傾ける。


 すると彼女は、机越しに少し顔を近づけ、小さく、でもはっきりとした発音で言った。


 「さっき、ホントは私のこと考えてたでしょ?」

 

 「ごふっ!?」


 突如、目の前でささやかれた僕の体は反射的にむせた。黒い液体が器官の方に来る。


 「ふふっ、あたりなんだ」

 

 ニヤついた顔でハンカチを差し伸べる彼女。


 「ごくん。ち、違うよっ。涼宮さんが急に目の前で声出すから」

 


 もう一度言おう。僕の彼女はかわいい。でもそれと同じくらいイケメンだ。



 「かわいいね」



 ぼそっと先ほどよりも声を低くして言った。まるでイケメンに口説かれている少女漫画のヒロインのような気分だ。読んだことないんだけど。


 お互いの鼻先が触れるか触れないかの距離でそんなこと言われたらたまったもんじゃない。僕は恥ずかしさを隠すように横を向いて次の授業の準備をする。


 「あははは、ごめんごめん。つい」


 「ついって……、絶対わかっててやったじゃん」


 

 こうなると言い訳しても無駄だと分かっているので、諦めてふてくされることにした。いつものパターンだ。



 

 -放課後ー


 「はーい。じゃぁ、これで帰りの会終了にするけど、みんな月曜は朝7時にここを出るから、30分前には校門前にクラスごと整列してくださいね」


 担任の連絡事項を聞きながら、みんなかばんを持って教室から出ていく。


 今日は金曜だけど、修学旅行前という事で2年生は皆部活なしだ。

 僕は席を立つと、涼宮さんの席に向かった。


 「涼宮さん、一緒に帰ろ?」

 「うんっ」


 涼宮さんはこちらを見ると嬉しそうに答えた。


 「あ、この後市駅で修学旅行用にいろいろ買い出しをしようと思うんだけどいい?」

 「うん、いいよ。僕も何か買おうかな」

 

 という事で、とりあえず駅までバスに乗ることにした。


 

 うちの高校から主要駅までのバスはいつも学生と仕事帰りの社会人で混む。時間帯もそうだが、バスの本数がそもそも少ない田舎なので、自転車通学じゃない学生は我さきへとバス停に並ぶ。

 今日は、2年生は全員帰宅しなければならないので、いつも以上にバス停に長蛇の列ができていた。


 「んー、混んでるねー」

 「あー、そだね」

 「諦めて駅まで歩こうか?」

 

 そう提案すると、涼宮さんは考えるように手を顎にあて、得意げな顔で言った。


 「いや、私にいい考えがある。ついてきて」


 そう言って、彼女は駅とは逆方向に歩き出した。


 「え、ちょっと涼宮さん?」


 僕は慌てて彼女を追いかけた。




 歩くこと5分、僕たちは神社の前にあるバス停に着いた。

 あー、なるほど。そういうことか。


 「ね。一個前のバス停なら人も少ないし、先に乗れるでしょ?」


 腰に手を当て、ドヤ顔をこちらに向ける涼宮さん。

 だから、その顔はイケメン過ぎてずるいって。

 こうして僕たちは、難なくバスの最後部席に座ることができた。





 「それで、涼宮さんは何を買うの?」

 

 外の夕焼けをバスの窓から見ていた彼女にそう聞くと、彼女はこちらに振り返り、考えるように答えた。


 「んー、色々かな」

 「その色々が気になったから聞いたんだけど……」

 「あはは。まぁ、正直言うとその場で考えようと思ってたから何買うかまだ決めてないんだよね」

 「そっか」

 

 そう言って、彼女は再び視線を外に向ける。


 まぁ、僕自身何買うか決まってないし、他人の事言えないか。

 

 そう思いなおし、再び前を向いた



 「まぁでも、水着は買うかな」

 「え」


 思わず、視線を彼女に戻す。

 

 「だから、み、ず、ぎ」

 

 そう言った彼女は、またあの悪戯っぽい、でもイケメンな顔をしていた。


 「ほら、今年の修学旅行って沖縄でしょ?でも水着持ってないから買っておきたいなって」

 「あ、あぁ、スキューバダイビングがあるもんね」


 「ふふ、何を動揺してるの?」

 

 そう言って肩を彼女は肩を寄せてきた。


 「いやいや、動揺なんてしてないし……」 

 「そう?」

 「そ、そうだよ」

 「ふーん、そっか。今回は渥美君に私の水着を決めてもらうつもりなんだけど」

 「はっ?!」

 

 思わず大きな声が出てしまった。前の席に座ってる女子2人がチラッと視線を向けたが、目を合わせないようにした。


 「じゃぁ、チョイスよろしくね」 

 「なんで僕が!?」

 「なんでって、彼氏だから?」

 「かっ……」

 

 また急にそんなセリフをっ。


 「で、でも僕にそんな女子高生の水着を選ぶセンスなんてないよ?」

 「あはは、私が最初にいくつか候補挙げるから、そこから選んでくれれば十分だよ」

 「あー、それなら……」


 「ちゃんと私が試着した姿を見て決めてね?」

 「んなっ?!」


 やばい、期待してる自分と恥ずかしい自分が頭の中で葛藤してる。

 どうしよう。見たいけど、女子の水着売り場なんて行ったこともないよ。


 とか、そんなことを考えているうちに、いつの間にかバスは駅前に着いていた。


 


 「まぁ、まずはそこのドラッグストアで酔い止めとかおやつでも買おうか」

 「うん」

 

 悶々としている僕をよそに、涼宮さんはいつも通りのペースで歩き出す。

 

 そして思ったより買い物ははかどり、1時間足らずで2人ともほとんど終わってしまった。

 そして、残るは……。


 「よし、それじゃぁ買い物も無事に済んだことだし、帰ろうか」

 

 そう言って、駅の方に足を向けると、肩を……じゃなくて腕をぎゅっとつかまれた。


 「ちょっと、渥美君。なに帰ろうとしてるの?」

 「え、いやもう買い物終わった……」

 

 「水着、約束したよね?」

 

 「あ、はい……」


 わかったから、その無言の笑顔はやめてください。


 

 

 「うわぁ、この花柄すごくかわいい!それにこっちの水色のも捨てがたいなぁ」

 

 結局、お店に入るまで腕を組まれたままだった。

 これじゃぁ、恋人というより連行される犯罪者と警察だよ。


 「よし、決めた!」

 「お、決まった?じゃぁ僕ここで待ってるから、お会計してきな……」

 「え?何言ってるの?まだ候補決めただけだよ」

 「え」

 「ここからは渥美先生の出番だよ。この5つの中から決めてね」


 「えぇ……」

 

 そう反応すると、涼宮さんはお昼と同じ不満顔をした。


 「あの、さすがにそこまで拒否られるとちょっと悲しいよ。私の水着そんなに興味ない?」


 「あ……。違う違う、興味ないわけないじゃん」

 「ほんと?」


 あー、今度はかわいいタイプに変わった。表現豊かだけど、どっちのタイプも心臓に悪い、いい意味で。


 「もちろん。むしろ見たいし、誰にも見せたくないよ……あ」


 やばい。また、公共の場で大胆発言しちゃった……。店員さん口を手で覆ってるし……。

 

 「ただ、僕こういうのしたことなくて、その、結構責任感じちゃうんだよ……。だから、涼宮さんの好みと違うものを選びたくないなって」


 すると彼女は、はぁっ、と息を吐いて照れくさそうに言った。

 

 「私はね、渥美君が決めてくれたものを着たいの。そんな理由じゃ、だめ?」

 「だ、だめじゃないよ」

 「……よろしい。じゃぁ、着替えるからちょっと待ってて」


 そう言って試着室へ入っていった。


 なんか今日の涼宮さん、いつも以上に言う事が大胆だけど、どうしたんだろう。

 ……って、それはブーメランですよね。




 「あ、渥美君、いる?」

 

 彼女が試着室に入って3分くらいたった頃、中から僕を呼ぶ彼女の声がした。


 「うん、いるよ」

 

 そう返事すると、試着室のカーテンがそろそろと開き、中からピンクの花柄ビキニを着た涼宮さんの姿が現れた。



 「ど、どうですか……?」


 さすがに恥ずかしいのか、体をもじもじとさせながら僕に感想を求めてきた。


 「う、うん。すごくかわいい、と思う」

 「そ、そか。よかった……。じゃぁ、次のやつもいくね?」


 そう言って、彼女はまたカーテンを閉めた。



 これがあと4回も続くのか……。心臓持たないよ……



 段々羞恥心や着替えにも慣れてきたのか、そこから彼女のペースは上がり、モノクロで蝶のマークの入ったもの(オフショルというらしい)から、水玉のついた露出度低めのもの(タンキニというらしい)や私服のようなもの(サロペットと以下同文)まで様々なものをお披露目してくれた。


 そして……


 「これが最後です」


 シャッ


 「おぉ~……」



 ラストは無地だが、露出度が今日イチ少ないビキニ(三角ビキニと以下同文)だった。



 「じゃぁ、私着替えるからそれまでにどれがよかったか考えておいてね」



 そう言われてもなぁ……。僕がこの短期間で持った率直な感想といえば「女子水着は種類が多い」なんだけど。

 個人的には、最後のビキニだけど、あの姿を他の男子に見せたくないしな……。




 そして、着替えを終えた彼女が試着室から出てきた。



 「それじゃぁ、渥美先生。どれが1番よかったか、教えてください」


 「そうだなぁ……。じゃぁ、最後のビキニとかよかったと思うよ」


 すると、彼女は嬉しそうに首を縦に振った。


 「だよねっ!私もこれが1番気に入ってたんだぁ」

 「あ、そうなの?ならよかった」


 よかった。偶然にも彼女の第一候補と被ってて……。


 「でも、渥美君のことだから、露出度高いのとか気にするかと思ってたから意外だったな」

 「そ、そう?」

 「うん。でも、やっぱ渥美君も男の子だったね」


 ケラケラと笑いながら彼女は他の水着をもとの場所に戻していく。


 「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」

 「あはは、普通の事だから無理に否定しなくても大丈夫だよ。あ、私これ買ってくるからここでちょっと待ってて」



 全部見透かされてるし……。まぁでも、これくらい心が読まれてるほうが、無理に気を使わなくて楽だな。ほんと、涼宮さんはかわいいのに、僕なんかよりずっとしっかりしてる。そこに惹かれたりして。

 


 


 「これで買い物は一応完了ってことでいいのかな?」

 「だと思うよ」

 「じゃぁ、帰ろっか」

 「うん」


 

 修学旅行が楽しみだ。




 「あ、ところで明日は何か予定ある?」

 「いや、ないけど?」

 「じゃぁ、明日市立図書館の横の市民プールに行こうよ」

 

 また、突然の事を言い始める涼宮さん。


 「えっ、急にどうして?」


 そう聞くと、彼女はニヤニヤしながら答えた。



 「修学旅行であんまり一緒にいられない分、明日は1付き合ってもらおうかなぁ。新しい水着も買ったことだし」


 「ま、まじか……」


 うれしいけど、その顔はとても安心できないよ。このイケメン彼女め……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

十人十恋十 いっくん @ikkun4869

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ