十人十恋十

いっくん

1組目 雨

 「雨か……」


 しとしとと聞こえてくる水音で目が覚めた俺は、片眼だけかろうじて開けて窓側の方に目をやる。カーテンから微かに入り込むいつもより少し弱めの光が薄暗い部屋をぼんやりと明るくする。


 「ん……」


 カーテンから雨を少しだけ覗こうと、掛け布団の中から左腕を窓に伸ばそうとすると、となりからいかにも眠たげな声が聞こえた。目をやると、首まですっぽり体を掛け布団で覆っているサヤが顔だけこちらに向けていた。目は重いのか、全く開く気配はないが。


 「あ、ごめん、起こしちゃった?」


 俺が彼女の頭を優しくなでながら低めのトーンで聞くと、


 「んーん、大丈夫」


 とだけ答え、俺の体に腕と足を絡めてきた。このように表現すると官能小説のワンシーンに聞こえるかもしれないが、実際はさながらコアラに抱きつかれる木の気分だ。だが、居心地は決して悪くない。むしろ最高。俺も少しでも彼女の体温をより感じようと、さらに体を押し付け……うん。やっぱこれ、多分官能小説認定される奴だわ。そんなことを考えながら、再び眠りについたらしい彼女の寝顔を見て、俺も重い目を再びゆっくりと閉じた。



 

 ぺちん、ぺちん

 柔らかい感触が頬を優しくなでるように触れるのを感じる。


 「ん……」


 ぺちん、ぺちん


 「んー……」


 ぺちん、ぺちん、ぺちん、ぺちん、ぺちん……ばしっ


 「っいたぁ、もうなんだよ……」


 突然威力を増したその感触に俺はその柔らかい感触を手で止める。ちなみに性的要素は一切ない。


 「おなかすいた」


 ぼんやりと目を開くと、頬に肘をついてこちらを見ているサヤがまだ完全には冷めきっていない目でこちらを見ている。


 「あー……今何時?」

 「ジャスタットヌーン」

 「その中途半端な発音をするのは外国語専攻の俺に対する当てつけですか、ハニー?」

 「うわ、タツヤからハニーとか聞きたくなかったわ」


 そう吐き捨てるように言うと、俺の両手首をつかみ、強引に体を起こそうとする。


 「おい、俺から掛け布団を奪うだけじゃ物足りず、こんな寒い中で労働さえしいろうというのか、お前は」

 「だって、お腹空いたんだもん」

 「じゃぁ、お前が自分で作ればいいじゃんか」

 「あたしが料理下手なの知っててそれ言っちゃう?チョー失礼」

 

 そう言って、今度はベッドに横たわる俺の上に体を載せてきた。ちゃんと全体重をかけて。


 「うげぇ、おも……」

 「お、重いっていうなっ」

 「だって、まじで思いんだよ」

 「それでも女の子にそのセリフは絶対禁句……って、二度寝しようとするなぁ」

 「ほ、ほっぺをひっふぁうなぁぁ」


 正確には三度寝なんだが、さすがに俺も空腹を覚え始めたので、そのことを言う代わりに彼女をベッドの空いてるスペースに払いのけ、キッチンへと向かう事にした。ホント、俺もこいつも自由奔放。まぁ、それが心地いいから付き合えてるんだろうけど。




 ランチは冷蔵庫に残ってたものを使って無難にチャーハンにした。サヤも調味料と言う魔法の粉を組み合わせただけのそれに満足。




 「はぁ、ごちそうさま」

 「ごちそうさまでした」


 「ねぇ、今日はバイトないんだっけ?」

 「あぁ、代わりに明日は丸半日だけどな」

 「そっか、じゃぁ午後は何してすごそっか」

 「んー、そうだなぁ」


 そう言って、俺は窓の方を見る。この時期にしては珍しい雨だ。なので、普段はあまり使いたくないエアコンをオンにし、暖房をガンガンにきかせている。

 

 サヤの顔と外の景色を交互に見比べて一言提案した。


 「今日は部屋でゲームしよーぜ」


 「うん。私もそれ考えてた!」

 

 彼女の予想を見事に当てたらしく、表情には出さないが内心少し得意げになる。と言うか、彼女の考えは読み取りやすい。性格や趣味が俺に似てることもあるが、言わずとも大体彼女が何を望んでいるのか七割の確率で当たる。付き合ってからはさらに本性をさらしだすようになったので、もはや八割くらい当たる。


 

 「おっけ。じゃぁ、どのゲームするか決めといて。俺、その間に洗いものしてくるから」

 「あいよー」

 


 


 「ちょっと、タツヤ」

 「すみません……」

 「いい加減にしてよ、これで何回目だと思ってんの?」

 「はい、わかってます……」

 「何度言ったらわかるのさ…………さっきのモーションが出たら次は確実に大技決めてくるから、防御姿勢を取れって言ってんの!」

 「いや、わかってるよ!ただ、モーションが出てから防御態勢整えるまでの時間短すぎん!?」


 そう、俺は今、残り体力わずかにまで削ったモンスターの大技をもろに食らってゲームオーバーになったことを怒られているのだ。


 「だから、そこはもっと素早く入力しないと間に合わないって言ってるじゃん」

 「それができないんだよ」

 「いや、できるよ!」

 「いや、できないよ!」

 「だって、私ができるんだもん!」


 一瞬、俺の思考が停止する。なにその根拠のない理由。


 「あの……、自虐してる自覚ある?」


 さらに一瞬間をおいて、今度はサヤの思考が止まる。と思ったら、急に顔が赤くなった。


 「は……?ち、違う!そういう意味じゃなくて、私ができるんだからシステム的には捜査可能だって言いたかったの!」

 「あ、あぁ、そういうことか。意外と理屈は通ってる……あ」

 

 気づいた時には遅かった。視線を挙げると、そこには怒り9割レベルの彼女の顔が映った。


 「タツヤ、それって私が普段何も考えない直観的女だって言いたいわけ?」

 「あ、いや、違くて……」

 

 やべ……。今回はガチでキレさせたかも。

 とりあえず、両手を挙げて、降伏の姿勢を示す。


 「わかった」

 

 あー、よかった。許してくれたみた……。


 「私の観察力を見せつけてやる」

 

 「え」





 『タツヤ君は今度の休み、海か山かどちらに行きたい?』


 「……で、サヤの観察力を示す方法がこの恋愛シミュレーションゲームってわけか」


 画面上に映るかわいい女の子と画面下に表示されている選択肢覧。いわゆるギャルゲーと言うやつをプレイするサヤに問いかける。

 

 「な、なに。いいじゃん、こういうたぐいのゲームって相手の気持ちや考えていることをどこまで読み取れるかを競うものでしょ?」

 

 まぁ、現実とは違ってヒロインはほぼ確実にプレイヤーにゾッコンだから、競って誰かに負ける心配はないんだけど。



 「それで、次はどうする?このヒロインは海か山かどっちに行きたいと思うんだ?」

 

 ベッドの上で、俺の足と腕でハグされるように座る彼女はコントローラーを握りしめてじっと考え込んでいる。ちなみにこのカップル特有の座り方を「ラッコ座り」と言うんだとか。膝枕より断然ヤリやす……座りやすい。


 「んー……海かな」

 「お、その根拠は?」

 「私が好きだから」

 「それはサヤが海を見るのが好きなだけで、根拠とは言わない。単なるリファレンス」

 「『りふぁれんす』って?」

 「参考って意味だけど、この場合だと一個人の意見って感じ」

 「あー、はいはい、留学経験者はちょいちょい英単語を挟まないと気が済まないんですね」

 「はは、それは否定しない」

 「いや、否定してよ。っていうか、女の子は皆海好きでしょ。水着きれるし、海見れるし」

 「前半はよくわからんけど、後者は多分人によると思うぞ」

 「でも、タツヤも好きでしょ?」


 ふいにクルっと後ろを向いて聞いてくるサヤ。

 ……かわいい。


 チュッ


 自然な流れでキスをし、彼女の質問を思い出し応える。



 「まぁ」

 「ほら、この場では完全に全員一致じゃん」

 「いや、二人だけの一致を全員一致とは言わん」

 「えー、でもこの子もきっと好きだよ」


 そう言って、サヤは迷わず「海」を選択した。

 


 『海か……、まぁそれでもいいんだけど、やっぱり山に行かない?』


 画面上のヒロインはやんわりと、しかし少しばかり落ち込んだような表情ではっきりとプレイヤーの選択肢は間違っていると断言した。



 「な、なんでぇ?」


 まぬけな声で画面に向かって問いかけるサヤ。


 「最初に自己紹介で水泳が苦手って言ってじゃん」

 「そんなの覚えてない。っていうか、水泳が嫌いな女子がみんな海も嫌いっていう固定概念がもう意味わかんない」

 「まぁそりゃそうだけど、そういう人は大体海も苦手だろ」

 「あー、やっぱ私ギャルゲーって無理だわ。バッサバッサモンスターハントした敵地に潜入したほうが楽しい~」


 そう言って、握っていたコントローラーをベッドに投げ捨てる。

 

 「はは、サヤっぽいな」


 俺の言葉に反応したサヤは体制を変えて、俺の方をむいて正座した。またムスッとしてる。


 「今日のタツヤはホントに失礼だなぁ」

 「あー、ごめんごめん」


 頭をなでながら優しく謝る。


 「でも、別にいいじゃん」

 「ん?何が?」

 「私が人の心を読むのが苦手でも」

 「どうして?」


 そう聞くと、サヤはベッドの上で背中をよりかけて座る俺に向かって壁ドンをする。

 

 「だって、タツヤのことだけ分かれば十分でしょ?」

 

 少しだけサヤの顔が赤く見える。それがいつの間にか降りやんだ雨から顔をのぞかせた夕焼けのせいか、彼女の恥ずかしさゆえかはわからないが、俺はとりあえず彼女の顔に本日二度目のキスをし、ぎゅっと抱きしめた。



 「あぁ、それで十分」

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