Runner

佐々木実桜

走ることは、

僕の好きな人は、いつも明るくて、いつも優しくて、そしていつも走っている。


売店へ行く時も、移動教室の時も、部活中も、登下校中も、僕が見かける限りいつも。


僕はいつも見ていることしかできなくて、今日も速いなって、高く結んであるポニーテールが揺れるのを見つめながら思う。



前に彼女が友達に「なんでそんなにいつも走ってるの?」と聞かれている場面に遭遇したことがある。



「だって、人生って短いんだって。それなのに移動に時間かけたくないなって思って。できる限り早く次居るべき場所にいたいの。」


彼女の友達はその言葉を「やっぱり変な子ね〜」とほぼスルーしていたが、全く関係ない聞いていただけの僕は「生き急ぐってこんなふうな事を言うのか」と一人考えて、そしていつしか彼女から目を離せなくなっていた。


全てのことをテキパキと行い、無駄な時間を作らない彼女。


たまにその事で先生や同級生から色々言われたりしても、気にしないで自分を貫く彼女。


でも友達と遊びに行くことは彼女にとっては無駄なことではないと判断されてるのが幸いして周りに人がいなくなることは無い。


きっと、人生を精一杯生きようとしているのだろうと、僕の目にはそう写っていた。


彼女は今日も、生き急いでいる。


生き急いで、しまっている。


そして彼女は事故に遭った。


彼女にはなんの責任もない。


ただ信号が変わってすぐに走り出しただけ。


信号を見ていなかった運転手が止まらず進んで、そして彼女を轢いたのだ。


もしも彼女が信号が変わっても少ししてから気づくような子なら、きっと轢かれることはなかったんだろう。


周りはみんな「可哀想に」と言いながら少し彼女の生き方を馬鹿にしているように見えた。


「走らなければ事故に遭うことはなかっただろう」って。


間違ってはいないが、酷な話だ。


だって彼女は、今回の事故で二度と走ることは出来なくなったのだから。


あぁ、本当可哀想に。


一度、お見舞いに行った。


少しぐらいしか話をしないクラスメイトが来てもとは思ったが、行きたかったから。


コンコン


「はい、どうぞ。」


彼女の声は当たり前に沈んでいた。

そんな事が分かる自分が少し気持ち悪かった。


「こんにちは。」


僕が来たことに彼女は少し驚いていた。


「原くんが来てくれるなんて、少し意外だな。」


確かに意外だろう。


「野﨑さんが事故に遭ったってきいて。急にごめんね。」


ベッドに座った彼女は少しやつれたのか、とても細く見えた。あげられた足が痛々しい。


「ううん、嬉しいよ。ありがとう。」


そう微笑んだ彼女は変わらず可愛かった。


「これ、お見舞い。」


と僕は持ってきたプリンを渡した。


記憶違いじゃなければ彼女はプリンが好きだったはずだから。


「ありがとう。私プリン好きなんだよね。あ、どうぞ座って」


よかった、間違っていなかった。


「あの、災難だったね、脚。」


しまった、もう少しまともな話をするべきだった。


「うん、歩けるようにはなるってお医者は言ってたんだけど。」


やっぱり噂は本当だった。彼女はもう走れない。


「野﨑さん、走るの好きだったのに。」



「んー、みんな少し誤解をしているの。」


え?


「私、別に走ることが好きだったわけじゃないの。」


「でも、いつも走ってたでしょ?」


「ええ、それが当たり前だったから。走ることは生きることだった。とか、ちょっと分からないよね」


『走ることは生きること』


やっぱり僕には理解できない。


僕の驚きと困惑が顔に出ていたのだろう。


彼女は笑って、「気にしないで、とにかく、大丈夫よ」と言った。


そして彼女とそれとない会話を交わして僕は彼女の病室を去った。


「ありがとう、来てくれて嬉しかった」


「ううん、お大事にね」


脚の怪我はお大事にでいいのだろうか。



帰りながら僕は彼女から貰った連絡先をみていた。


『よかったら、交換しない?』


とりあえず送ってみる。


【原です、追加しました】


【野﨑です!今日は来てくれてありがとうね】


【いいえ、急にごめんね。】


それから雑談を始めて、そしてもうすぐ家に着く頃に彼女から


【原くんもう家?】


【まだだけど、もう着くよ】


【家に着いたら、右ポケットをみてね。】


【わかった】


文を打ちながら右ポケットに手を入れると紙の感触がした。


【本当は友達に渡してもらおうと思ってたんだけど、来てくれたから】


【自分で渡せて満足だよ。】


それに既読をつけてから、僕は手紙を開いた。


『好きでした。私を見てくれてありがとう。さようなら。』


読んですぐ、彼女に電話をかける。


「もしもし」


少し涙声な気がする。


「もしもし、手紙読んだよ。」


「ありがとう、電話してくれなくてもよかったのに」


「ううん、嬉しかったから。でも、さようならってどういう意味?」


そう僕が聞くとプツッという音と共に電話は切られてしまった。


何か不快にさせただろうかと思いながら、しつこく連絡しても嫌だろうと思って


【ちゃんと話したいから、落ち着いたら連絡して】


と送るだけに留めた。


翌日僕はこれを後悔することになる。


この文に彼女から既読がつくことは無いのだから。



彼女は僕と電話をしてすぐ、飛び降りて死んだ。


遺書にはただ一言、『ありがとうございました』とだけ。


それを聞いて、僕は涙を流すよりも前に『走ることは生きること』という彼女の言葉を思い出した。


彼女にとって走ることは好き嫌いじゃなかった。走れなくなったことは、生きることが出来なくなったことに値するのだ。


走れなくなったことで、彼女は生きることをやめることにしたのだった。


だから、最期に僕へ想いを告げたのか。


『走ることは生きること』


これから僕は、君の言葉に取り憑かれて生きることになるというのに。

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